百物語 第四十一夜

「いまのウサギ小屋あるじゃん。あそこって昔は大きい桜の木が生えてたんだって。だいぶ昔に切られちゃって、覚えている人はほとんどいないけど。いまあるウサギ小屋の七不思議は、桜の木があったころに起こった事件が原因でうまれたって話だよ」
「ウサギ小屋の七不思議って、髪の短い女の子の地縛霊のことだよね?わたし、あんま興味ないから、詳しい内容しらないんだよねー」
「えー!!!知らないの?たぶんうちの学校であんたくらいだよ!ウサギ小屋の七不思議はね、放課後、飼育委員がウサギの世話をしていると出る地縛霊でさ、小屋の掃除とかしてるといつの間にか近くにいるんだって。髪の短い女の子が。それで…」
「きゃーーーー、こわいこわいこわい!!!!」
「別にこれだけじゃ怖くないじゃない!怖いのはここから…。『わたしの………、しりませんか?』、そう女の子が飼育委員に聞くわけよ!だけど、ごにょごにょ言うから何を言っているのか聞き取れなくて、聞き直すと、その子、諦めたような、寂しげな顔でどっかに言っちゃうんだって。で、これまででひとり、その『………』の部分を聞き取れたやつがいたらしいの……。だけど…」
「……だけど、なに…?」
「聞き取れたってその人は、次の日の朝、体をバラバラに切断された状態でウサギ小屋で見つかったんだってさ…」
「きゃーーーーーーーー! なんで苦手なの知ってるのに、こんな怖い話するの!!!!」






ランドセルを背負った、小学校三、四年生だろうか、ひとりが勢い良く私の横を走りすぎていった。
その顔には恐怖が浮かび、少しだけ目尻に涙がたまっていたように見えたが、気のせいかもしれない。

もう八十を手前の爺で、まわりを見れば親はとっくに死に、兄弟も全員私より先に死んでしまった。結婚をしなかったし、子供のいない私には、友人や知人と躊躇いなくいえる人間は数えるほどだった。

わたしは早く死にたかった。

だれもいないこの世で、何の楽しみもなく生きていることは苦痛であった。それでもこれまで生き続けてきたのは…


私の横をものすごい勢いで通り過ぎていったあと、その子の友人は「ごめんーーーー!」と大声で謝りながら、彼女を追っていった。同じように、勢い良く。


「……そうか…」


彼女は地縛霊になっていたのか。
私の初恋の相手。
私の母校、桜の木の下で死んでいた彼女。

彼女は桜の木に登り、枝が折れてしまったことで地面へと落下し、死んだ。
彼女が木に登ってひとり遊びをしたりしないことを、級友たちは口を揃えていった。
だから、なぜ彼女が桜の木に登ったりしたのかは、謎となっていた。


「おぼえているぞ…」


今日の夕方から、毎日ウサギ小屋へ行こう。
もし、幸運にも彼女にまた会えたなら、ちゃんと『………』を言おう。
なんせ私が初恋の相手に初めてプレゼントしたものだ。
忘れるはずがない。

彼女が地縛霊になっているなんてな。
長生きはするものだ。

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