百物語 第二十七夜

 

わたしの育った田舎では、冠婚葬祭、年中行事とことあるごとに親戚の家に親族が集まったものだった。
お盆もそうだ。
親族が集まり、夜遅くまで酒を飲んだ。

わたしは特にお盆の集まりがすきだった。
というのも、親戚のおとなたちは子供だったわたしによく怖い話を聞かせてくれたからだ。
程よい蒸し暑さと、線香の香り。普段は寝ている時間に親戚のおじさんの話を聞くということは、子供のわたしに非日常を感じさせるには充分だった。

その中のひとつが、わたしの実家の近くにある「狢谷」(むじながや、と読む)の話だ。

狐や狢に化かされる、といった類いの話は、多くの場合は失敗事の言い訳のために使われた。
預かっていた金を失くしてしまった。一族が大切にしていたものを壊してしまった。約束していたことを破ってしまった…、そんなとき狐や狢は霊的な力を使う。
周りの人間もみんながみんな、狐や狢が霊的な力を持つと本当に信じていたわけではないだろうが、失敗した人間を許し共同体へと戻すいい口実にはなっていた。

「狢谷」の由来はこうだ。祭りのために集めた金で酒を飲んでしまった不届き者がいた。その男が酔っぱらった末に大の字になって寝転がっていた場所が今の「狢谷」にあたる。不届き者は狢に化かされたと言い訳し、集落の人間は許す代わりに戒めとしてその土地を「狢谷」と名付けた。

その「狢谷」で起きた出来事。叔父はまだ十歳ほどだったという。
ある家で、婆さんがいなくなった。
夕方を過ぎ、夜が深くなっても戻ってこなかった。集落の人間たちはみんなで婆さんを探した。
しばらくして、婆さんは外で寝てしまっているところを見つけられた。その場所もまた「狢谷」だったらしい。婆さんは怪我もなく、無事に家へもどれたわけだ。
しかし、集落のみんなは不審に思ったという。
八十を越えてから婆さんは足を悪くしていて、ひとりではほとんど歩けないほどだったのだ。
あれは、本当に狢がやったのかもしれないぞ。
怖がるわたしの反応を楽しみながら、叔父は最後にそう言った。

お盆になると親戚の子たちに昔のおとなたちがしたように、わたしは怖い話を聞かせている。子供たちが怖がったり面白がったりしている様子を見ていると、あのとき叔父は少し話を盛ったんじゃないかな、とも思えてくる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?