ゲームと自分

物心ついたころからゲームと共に生きてきた。叔父にWiiとDSの遊び方を教えてもらい幼少期からマリオにドラクエ、ゼルダにポケモン、パズル系にクイズ系、パーティーゲームに加え太鼓の達人マリカーカービィモンキーボールetc…数えきれないほど幅広いジャンルのゲームで遊んだ。熱中しすぎて一日一時間の制限を超え母の逆鱗に触れた回数も同じく数えきれない。
当時祖父母宅にしかゲーム機が無く二日に一回ぐらいのペースで通っていた。テレビは録画分以外に興味を示せなかったしマンガは叔父が貰ってくる二か月遅れの月刊本しかなく、あと家にあるものは休日も農家の実家を手伝い家にいない父の釣り道具と母のCD、そして起動に5分はかかるオンボロPC。暇を持て余しまくった幼い自分にとってゲームはあまりにも魅力的で、のめり込んでいくのはある種必然だっただろう。そんな自分のゲーム体験と今まで繋がるゲームに対する姿勢の変化を綴っていこうと思う。


最初にハマったゲームはドラゴンクエストソード。出てくるテキストから文字を覚え、3歳でひらがなカタカナアルファベットをマスターし漢字も出てくるものは読めるようになった。このころ死ぬ恐怖を学んだ。HPが半分減るようなマップにはそもそも行かず、そんなプレイは「ヘタレじゃね~」と評された。今考えるとプラスでアイテムを使いたくない貧乏気質が合わさっていたように思う。買うのは好きだったのでやくそうはカンストするまで買っていた。使いもしないやくそうを大量に抱えて少しでも傷ついたら帰ってくる勇者に町の人は何を思っていたのだろうか。

幼稚園時代は風タクとマリオWii 、マリギャラ辺りが中心だった。風タクは相変わらずのヘタレっぷりでプロロ島でひたすら芝刈りしてはテリーの船で買い物していた。カモメを操る実を豚の餌ばかり買っていたような気がする。気が向いたら剣術のチュートリアルをしていた。マリオは基本弟と二人でやっていた。wiiマリオはまだ対等だが、マリギャラはアシストを無理やり押し付けていた記憶がある。クズだったなと反省。

そして年長~小学生頃、スマブラXに出会う。整地と買占めばかりだったゲーム生活に大きな変化をもたらしたタイトルだと思う。Wi-Fi環境は無かったためCPUレベル9に一ストックも取られないようになるまで戦ったり、一日一回ストーリーのラスボスを倒しに行き受けたダメージで今日の運勢を占ったり、家にも買ってもらったWiiを使って友人や弟を戦いに耽ったりした。今までの浅瀬どころか砂浜で散歩しているような感覚だった自分のゲーム体験を一気にスキューバダイビングのレベルまで深くしやり込みの楽しさを教えてくれた。
挫折を味わったのもここだ。自分は最強だ!なんて思い上がっていた所にどうしても勝てない相手が現れた。時間をかけて実力をトントンまで持っていったがその頃には相手がスマブラそのものに飽きていた事も結局追いつけないまま勝ち逃げされたような気がして自信を失った。

2011年2月26日、3DS発売。2012年11月18日、WiiU発売。青春が幕を開ける。スプラにスマブラfor、モンハンに妖怪ウォッチ、マリオカービィポケモンマリカの新作と至高のゲーム達に出会い熱中した。PSVitaでマイクラにも出会った。今までで一番ゲームやってた時期だと思うしこの時期を超えるほどゲームできることはもうないかもしれないと思うほど時間にも余裕があった。一番長くプレイしたのはやはりスマブラ。3DSとWii、二つのハードでできたのが大きい。もっぱら弟と戦うか一人用の最高難易度で遊んでいた記憶がある。
この頃は強くなること・クリアすることよりプレイする上での達成感や充実感を意識していたように思う。モンハンはマルチクエまで全クリを目指し、スプラやマリカは強い構築より自分が好きな構築でどこまで行けるかを意識した。これは挫折の経験を経て失敗した時に自分の中で落し所を見つけやすくするある種逃げの意識だったのかもしれない。だがこの強くこだわる姿勢は今の自分にも引き継がれていてこれはどんな時でもゲームの楽しさを大きく膨らませてくれる。完全に乗り越えたわけではないが着地点としては悪くないと思う。

中学生入りたての時、塾から帰る車の中だったか。自分が乗った時唐突に父が当時入手困難だった新品のswitchを見せてきた。「なんか売ってあったから買った」と言っていたのを覚えている。
中学生になってからもゲーム三昧…とはいかなかった。遅くまで続く部活、多く出る課題の消化、テスト勉強。急に忙しくなってきた。家に帰る時間が遅い上に帰ったらもうへとへとで意識朦朧、遊ぶより先に休むことが頭に浮かぶようになってきた。
それでもゲームはしたい。ブレワイスプラ2スマブラSP辺りにタイトルを絞って残された体力をつぎ込んだ。スマホを手に入れ所謂ソシャゲに目覚めたこともあったが周回作業に勤しむ中で楽しくもない作業を繰り返す意味が分からなくなり半年ほどですべてのアプリをアンインストールした。
できる時間が限られてくるようになったため、必然的にプレイ体験の質を磨き上げていくことになった。弟と対戦することしかできない日はどれだけ全力を出し切れるか、どれだけ多くの事を試せるか、そして何より短い時間で満足できる程楽しむにはどうするか。時間当たりの質を高めていくこの時の思考法は今よりもこの時の方が上回っているように思う。制限こそないが時間的には余裕がなくなってきた今こそこの意識を取り戻していきたいと思う。

高校に入ると逆に時間が増えた。必須の課題が減ったことと帰宅部だったことが要因である。PCも手に入れいよいよやれることに制限が無くなってくる。が、自由過ぎる反面不自由な環境からのギャップがありゲームが無尽蔵にできない体になっていることに気づく。暇を持て余しているのにゲームまで手が伸びない。最終的にゲームを少しやった後ネットサーフィンで一日を潰すようになった。これが受験前まで二年以上続いた。ネットミームにはかなり詳しくなったが人生の汚点だと思っている。ここを余さずゲームに捧げていれば一芸になりえたかもしれないと思えるほどに時間があった。それなのにも関わらずドブに捨てた自分に嫌気が差す。タイトルとしてはモンハンライズスマブラスプラが主。時間はあったが忙しかった中学時代と変わらない程度しかやっていない。消えた時間が多すぎる。

そして現在。GGSTやスプラ3を主軸に据えて、小学生の時のように様々なタイトルをプレイしている。長期休みが倍になったため新規タイトルを消化しやすくなった。使える普段の時間も限られてはいるが中学の頃を思うと体力があるなら何とかなりそうに思えてくる。長期休みも高校の時のようにならないよう最初に目標を決め都度修正しながら中身のない生活になる事を防止している。
短い時間の中自分ができることは決して多くない。それでもできる限りしたいことはして後から後悔しないよう空白の少ない人生にしたい。ゲームは自分の人生の彩りで人生そのものの指標だ。これからも人生をゲームで彩っていきたい。


血肉とします