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手紙を書いたのはいつぶりだろう

先日、おそらく数年ぶりに手紙を書いた。

手紙の相手は、二月に会う予定だったが、私が体調を崩し約束をドタキャンしてしまい、そのまま会えなくなっている友だちだ。

手紙どころか、今や手書きの文字自体を書くことがない私は、思いのままに便箋に文章を書くのが怖くて、スマホのメモに下書きする。
下書きを、一文字一文字便箋に書き写していきながら、小中学生の頃はよく友だちに手紙を書いたことを思い出した。郵送するのではなく、学校で渡すだけの文通だった。あの頃はこんなふうに手紙の下書きすることなく、スラスラとたわいもない話を書けていたのに。人は使わない能力は退化していくのだな。

手紙を書き終えると、自分の字の汚さが悲しくなる。子どもの頃から今まで、字が綺麗だったことがない。私は今、文章を書く仕事をしているが、執筆が「パソコンでするもの」じゃなかった時代なら、絶対に文筆業にはついていなかっただろう。

たぶん、私はタイピングが好きなのだ。小学生から鍛えているので、タイピングは大得意だ。思考に追いつく勢いでダダダダと画面に文字が打ち込まれていくのは気持ちいい。

なんの話をしていたんだっけ。そうだ、手紙の話だ。

少し前に、読みものウェブのBadCats Weeklyさまに私が中学時代に海外のペンパルと文通していた時の話を載せてもらった。

あの頃、私が文通していた彼らは、どこでなにをしているのだろうか。世界が同じ「感染症」という問題に直面している今、一瞬だけ人生が交わったことのある海の向こうの元ペンパルを想う。


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