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岩波書店・漱石全集注釈を校正する 15 グリマルキンは苦沙弥の脊中で全国の幸子さんをリスト化するのか?

グレー、マルキン


 岩波書店『定本 漱石全集第一巻』付録に、グレー、マルキン氏の『吾輩は猫である』に関する評が収載されている。

 そのグレー、マルキンの評の中にはなかなか高尚なカタカナ言葉が出て來る。

 例えば「サチリスト」「スケプチツク」という言葉が出て來る。「サチリスト」は全国の幸子さんをリスト化する人ではなく、satirist、皮肉屋、風刺作家、「スケプチツク」はskeptic、懐疑論者。また、無神論者だと右クリックで解る。「インクヰジチブ」はinquisitive、好奇心旺盛、知りたがりの、という意味で、「キイノート」はkeynote 、基本、基調、主眼だと解る。

 これは解る。

 しかし、「グレー、マルキン」の注はない。本文ではなく、付録に出て來る文字だからだ。

 此グレー、マルキンの著名は二葉亭四迷氏かと言はれている。

(『定本 漱石全集第一巻』付録 岩波書店 2017年)

  このグレー、マルキンに関しては、

鼠色の猫を「グレーマルキン」又は「グリマルキン」といふ。啼くは其の主を呼ぶなり。ーWitch. I come, Graymalkin.

(『英文評釈』坪内雄蔵 述東京専門学校)

 ……と坪内逍遥があらかじめ書いている。ただ右クリックで検索しただけではなかなか見つからないだろうから書いておく。

脊中に乗る

 本文に、

 彼が昼寐をするときは必ず其脊中に乗る。

(『定本 漱石全集第一巻』 岩波書店 2017年)

 ここにも注はつかない。従って、

 ……このようなサチリストの確証バイアスが蔓延ることになる。吾輩が背中に乗るなら後架先生こと苦沙弥は俯せに寝ていることにならないだろうか。しかも「必ず」とある。寝ていることは寝ているのだろうが、普通はこの姿勢をとることを「横たわる」とは呼ばない。

 細かいところのようだが、こうした姿勢や位置関係をないがしろにした読みが大きな誤解を生むことがある。蓮實重彦氏も夏目漱石作品を勘違いしたまま終わるのだろうか。


[余談]

 あらためて、マルキン氏が使ったようなカタカナ言葉が使われなくなったのは、翻訳語が浸透し、使われる必要性が無くなったからなのだなと実感する。「スケプチツク」なんて使わないなあ。



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