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表現も見てあげて 平野啓一郎の『三島由紀夫論』を読む②

 まず『仮面の告白』論を黙読した。

 黙読したのでここにはまだ何も書いていない。

 これから書く。「ロマンチック・ラブ・イデオロギーの主体となろうとする」主人公は、「ヘテロロマンティック・ホモセクシュアル」であるにもかかわらず「超自我的に内面化されたヘテロノーマティヴィティに於て、自らを罰し」ようとする。この見立ては「表現としては」少しも不自然さはないところだ。
 しかし本当にそうなのだろうか。園子への愛は、冷や汗の出る恐怖であったはずだ。

 政治的にはノンポリ、サバイバーズギルトも見えない。粗野で無学な逞しい男に抱かれたい、しかし女性に恋をしているという観念を自らに押し付けて、戦争を言い訳にのらくら逃れようとする。しかし戦後と共に女性に対してはインポテンツという現実と向き合わなくてはならない。既に人妻となった園子と会い続けることで、「私」は時間稼ぎをしている。

 平野啓一郎は『仮面の告白』の主人公と三島由紀夫自身との決定的な相違は「文学があるかどうかである」としている。しかしそういってしまうと一人称の小説の主人公は全員作家にならなければならなくなる。『仮面の告白』に「文学があるかどうか」は読めばわかる。主人公が書くことの不可能性に於て世界と対峙しなくとも、『仮面の告白』の主人公はその語りに於て近代文学に喧嘩を売っていることは確かである。

かるい憎しみの色さした目つき 

こけおどかしの鉄の門

かすれ


甘やかな秘密をしらせ顔の不逞な玩具に私のほうから屈服し・そのなるがままの姿を無為に眺めている他はなかった。

その白い比いない裸体は

右の脇腹に篦深く射された矢が

三十歳あまりの短生涯

羔の牧人

中学校二年生の冬が深まさった

寮生活にも私たちは馴れていた。ただ寮生活だけは私には未知だった。

大事取りの両親が

笑窪を浮かべて

骨格こそ秀でたれ

ひ弱な生まれつきのためかし

こうして次第に私は人の顔を真正面から見ることができるにいたった。

私は自分も大きくなれば白鳥になれるものだと思い込んでいる家鴨の子よのようであった。


耳立たない質実な言い方

とまれかくまれ

かえるさに

いおうようのない愛嬌


願事 ねぎごと

愛の教義のコペルニスク

たったかたたぬに

血沈がはからされた。

何にまれ「死」でないもののほうへと

この声低 こえひくの女性的なお喋り

湿 しと った冷たい手

灯し頃、私たちの汽車は、省線電車に乗り換える駅に着いた。

いわん方なく

何にまれ

例によっての悪習に際して


 三島由紀夫は『仮面の告白』の主人公に平安以前の語彙を使わせ、昭和二十四年のしょぼくれた国民と対峙した。書くという行為は常にどこか苔嚇かしである。『仮面の告白』の主人公の苦悩の内には「書くこと」は含まれないことは確かだが、主人公の語りはすり減った近代文学を拒み、思い切りの苔嚇かしで果敢に孤高なものを目指している。

 ここにはまさに現に作家として書くこと、文学で世界と対峙することの緊張がある。

 結論ありきの話ではなく、もしもこの『仮面の告白』が私小説でもなく本当の告白でもないことを見抜いていたとしたら、どう考えてもまず論ずべきは武装とも思えぬその語彙と流麗な日本語、そして観念の空中戦である。この平安以前の語彙に言及しないのは、やはり作品論としては何か物足らないというだけではなく、平野啓一郎自身に無自覚なある欺瞞を仮定させる。

 そもそも平野啓一郎自身がマイスター・エックハルト的な神との合一やアンドロギュヌス的なものを切実な内面として抱えていたわけでもなく、ただ圧倒的に本物の教養に基づく擬古文による錬金術的世界を描くという『日蝕』によって文壇デビューしたという過去に嘯くように、彼は明確にその文体をやり過ごした。『日蝕』の文体なしに、テーマと切り口だけで文壇デビューがかなわないことも確かなら、三島由紀夫が再デビューの為に私小説による同性愛の告白という過剰演技でなんとか「あいつは本物だ」「あいつは空っぽではない」と見られたがっていたことなど明らかであろうに。平野啓一郎は新人文学賞という手続きを経ていない。応募原稿は全て新人賞への応募作とみなすという「新潮」のルールを無視して、ただ掲載を求めて『日蝕』を送り付けたのだ。これが小手先のハナモゲラ擬古文ではないことがお判りでしょうと言わんばかり、この書架の意味が解りますよねと、嚇かしてきたのだ。

 千四百八十二年の初夏、私は巴黎(パリ)からの長い旅路を経て、独り徒歩(かち)より里昴(リヨン)に至った。

(平野啓一郎『日蝕』)

 この「徒歩より」という表現は日本書紀、徒然草にもみられるありふれた古語だが、青空文庫内検索では森鴎外の使用例が一つ見つかるのみである。つまり平野啓一郎近代文学に喧嘩を売ったのだ。

 車走ること一時間、スタルンベルヒに着きしは夕ゆうべの五時なり。かちより往きてやうやう一日ほどの処なれど、はやアルペン山の近さを、唯何となく覚えて、このくもらはしき空の気色にも、胸開きて息せらる。

(森鴎外『うたかたの記』)

 巴黎は内田魯庵、久生十蘭に用例があるが、里昴は見つからない。

 私は、囲繞(いによう)する彼等の隙よりその姿をちらと垣間見た。

(平野啓一郎『日蝕』)

 囲繞の読みは徳富蘆花、森鴎外、北村透谷が「ゐねう」、夏目漱石、島崎藤村、寺田虎彦が「いにょう」、高村光太郎が「いじょう」であった。


瓶詰にせられた酸酪(ヨオグルト)が見える。

(平野啓一郎『日蝕』)

 ニコラ・アペール(Nicolas Appert、1749年11月17日 - 1841年7月1日)は、フランスの食品加工業者。びん詰めによる食品の保存に成功したことから、瓶詰・缶詰といった容器への密閉保存による食品保存の祖とされる。

(ウイキペディア「ニコラ・アペールの項より」)

 酪酸という言葉はあるが「酸酪」という言葉は見つからなかった。まこと擬古文は難しい。 

 しかし驚くべきはその中身だ。そこには付け焼刃では届かない本物の知性があった。

 トマス・アクゥイナスとそのお師匠さんのアルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magnus/1193年頃~1280年)の分担がどのようなものであったにせよ「『自然学』『生成消滅論』『分析論後書』の注釈の類……」と述べるのは単にアルベルトゥスが膨大な知識と実験主義を駆使して錬金術に関しても多くの論文を残していることを無視する態度ではない。アル・キンディ(アルキンディウス Alkindus/~872年)を始めとした亜拉毘亜人の翻訳によってギリシャ哲學が西ヨーロッパに齎されたことは改めて述べる迄もないだろう。

 13世紀半ば過ぎにはアリストテレスの現存する主な著作のギリシャ語からラテン語への直訳がほぼ完成していたと言われる。だが、実際師匠アルベルトゥス・マグヌスのアリストテレス(Aristoteles)註釈と弟子トマス・アクゥイナスのアリストテレス註釈はその過渡期になされたものであり、後にアルベルトゥス派とトマス派がアリストテレス哲學の解釈を巡って論争を起こす程度に、そもそも二人の立場はきわどく相違するものなのである。  

 トマス・アクゥイナスのアリストテレス註釈は1269年から1273年の間パリ大學において『神学大全』執筆と同時期になされた。1273年12月6日、聖トマスは何やら凄いものを見て、以後執筆をやめてしまうのであるから当然その前に片をつけていることになる。(即ち幾ら値段が高かろうと『神学大全』は未完成である。)

『形而上学』『自然学』『政治学』に関しては同じドミニコ会士メールベケのウイリアム(ギョーム・ド・モルベカ Guillaume de Moerbeke或いはWillem―/1215年~1286年頃)によってギリシャ語から直訳されたラテン語訳をテキストとして使用している。トマス・アクゥイナスのアリストテレス註釈の発想の根幹にアルベルトゥス・マグヌスの影響があったことは間違いない。しかしトマス・アクゥイナスのアリストテレス註釈はアルベルアルベルトゥス・マグヌスのアリストテレス註釈を継承・発展させたものではない。

 アルベルトゥス・マグヌスのアリストテレス註釈は1267年シュトラスブルクにおいてなされたものである。そのテキストについては諸説ある。『動物誌』の註釈にはテキストとして皇帝フリードリッヒ二世づきの占星術師スコットランドのマイケル(マイケル・スコト/Michael・Scot/約1170~1232年または1235年頃・諸説あり)訳のものを使用している。

 だから内容がどうだとは私には言えないが、きっとトマス・アクゥイナスは言いたかったのだろう。トマスは師匠を超える孝行者の弟子であったということだ。同じ意味で、トマスの膨大な著作を驢馬に担がせるべきものだと批判したロジャア・ベイコンは、更にトマスがギリシャ語もアラビア語もできないでアリストテレス註釈を行ったことを批判している。ところで平野氏のリストには『動物誌』がない。

 それはたまたまそうなったのではなく、アルベルトゥス・マグヌスがマイケル・スコトを「アリストテレスを理解していない」と批判していることを知っていたからではないか。原語で原典に当たる必要性を突き詰められると、アルベルトゥス・マグヌスもトマス・アクゥイナスも立場が無い。すると必然トマス主義者である話者の立場がなくなるので、この辺りは表現を暈しているのではないか、と私は連想した。

 また寡聞にして私はフランチェスコ会修道士ロジャア・ベイコンに『錬金術の鏡』という著作が存在することそのものを知らなかった。そしてそもそもロジャア・ベイコンに『錬金術の鏡』という著作が存在するのだろうか、と疑問に思った。存在するとして、呪術師紛いの錬金術師、あるいは錬金術師そのものを批判していたロジャア・ベイコンの錬金術師紛いの主張に注目するなら、アルベルトゥス・マグヌスの方の錬金術関連の書名もリストに挙げてしかるべきだったのではないか、と思った。僅か一瞬の後に丸っきり考えを変えられてしまっているのである。

 アルベルトゥス・マグヌスとロジャア・ベイコンはアリストテレス的古典と錬金術に対する実証的な批判の姿勢が共通している。それはフランシス・ベーコンとロジャア・ベイコンくらい似ていると言っても良い。アルベルトゥス・マグヌスはアリストテレスに即して「私はこれを試した」「私はこれを経験しなかった」といちいち追試を行ったようだ。ロジャア・ベイコンの実験科學者としての先駆的な役割は広く知られているところである。

 喋るロボットを作ったと言われる(飽くまで噂)アルベルトゥス・マグヌスと、クレーン、自動車、飛行機等の発明を予言し(『大著作』)、また火薬を発明したと言われる(『新オルガノン』フランシスがロジャアに関して述べている部分は、殆どこの一点のみしか私は知らない。)ロジャア・ベイコンという良く似た二人こそがまさに「錬金術師の鏡」とでも呼ぶべき存在である。

 なるほどびっくり博士ロジャア・ベイコンが『小著作』『第三著作』『哲学要綱』『自然学総論』『神学要綱』の外にも『錬金術の鏡』という本を書いていたとすれば、それはなかなかにきわどく面白い本である筈である。外の題名より面白そうである。そんな本が手に入るなら是非読んでみたいものだと私は思った。ちなみにロジャア・ベイコンは1278年『天文學の鏡』(Speculum Astronomiae)という本を書いている。

 あるいは『鏡について』という著作もあるらしい。私は最初平野氏がつい書名を間違えて書いて、誰もその間違いを指摘しないで「責任校了でお願いします」とか言う話で原稿が印刷所に回ってしまったのではないか、とさえ考えた。しかし、次の瞬間には“鏡"という言葉が“模範"を意味しないのではないかとも疑った。

 錬金術は結果として金を合成しなかった(?)代わりに様々な化学物質を合成した実践科学である。鏡は硝酸銀の水溶液に苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を反応させて作られる。アルベルトゥス・マグヌスは苛性カリの発見者として知られている。

 また実験にはわざわざガラス容器か上薬をかけた陶器を使用することを指示している。アルカリの語源が万物溶解液(アルカヘスト)であり、それがパラケルスス(Paracelsus/Theophrast Bombast von Hohenhein/1493年~1561年)の『人間の器官』の中で唱えられた概念であることを考えると、現代的な鏡の合成が当時計画的に行われ得るものであったかどうかは疑問だが、ガラス容器を使った実験中、偶然に鏡のようなものができあがることは、一度や二度はあったのではないか。

 それは金属板を磨いた鏡より鮮明で、人を驚かし得るものではなかったか、ロジャー・ベイコンは反射望遠鏡を使って天体観測を試みたのか……と私は空想した。

 それでもまあ順当に考えるなら、トマス主義者である話者のキャラクター設定の肉付けの為に『自然の鏡』『歴史の鏡』『教義の鏡』の『偉大な鏡』三部作(1249年~1259年)と『道徳の鏡』を合わせた鏡シリーズを書いた鏡天使(私が今思いつきで勝手につけたもの)ドミニコ会修道士のヴァンサン・ド・ボオヴェ(ボヴェーのヴィンケンティウス/Vincentius/Vincent/1190年頃~1264年)のことを調べている間にちょっと悪戯心が芽生えて、ロジャー・ベイコンが『錬金術の鏡』という本を書かなかったとは言えないように思えてきたということもあるように思う。また平野氏の文脈を操作主義的なものとみなすなら、その辺りの大まかな空想を誘う仕掛けとして楽しむことができるようにも思う。

 この書架を見た時、およそ小学校八年生以上の、まともな人間なら、これは凄いぞと思わないではいられないだろう。そう思わせるように平野啓一郎は書いているのだ。ならばまた三島由紀夫が『仮面の告白』の文体で嚇かしに来たことに気がつかない訳もなかろう。

 それは太宰治が死に、坂口安吾が芥川賞の審査員をしていた時代に、それまでなかったものとして現れた。平野啓一郎の『日蝕』が「J文学」などというおためごかしを蹴散らしたように、三島由紀夫はまず神西清にこう言わしめた。

 しかしそれでは足りなかったのだ。だから再デビューには文体にキャッチーな赤裸々な告白を重ねた。しかしもしも『仮面の告白』から語り始めるとしたら、まず触れるべきはその文体なのである。坂口安吾が書けるはずもないその文体こそが三島由紀夫の武器なのだ。

宿直を「とのゐ」と書き、「夜空を展げる車の前窓」だの「ルュツク・ザック」だの「知的選良」「星あかりに霧ふ空」「世間智」「晶化」「愚昧偸安」「無答責」「頒たれる」「月は望に近く」「放鳩」「鷄初鳴咸」と書いてくる男は確かに三島由紀夫に違いないのだ。「ルュツク・ザック」はドイツ語、「無答責」「頒たれる」は法律用語、「星あかりに霧ふ空」「月は望に近く」は古式な表現、「鷄初鳴咸」は『小学』、そこに「新しいタオルのやうに汚れのない権力」だの「汚い身なりの子供に菓子パンをあたえるやうに」だとの書いて来れば、この男はドイツ語に堪能で法科出身で、古典のしつかりと身についた、そして大岡昇平に「あなたのは、凄いものを持って来て、並列して特別なものを出そうとしておられますね」と言われるような男なのではなかろうか。

 ドナルド・キーンに嫌われた『美しい星』こそはもっとも三島らしさが現れた作品と言ってよいかもしれない。今の小学校では『小学』はやらまい。三島由紀夫はそういう要素から成り立っている。三島由紀夫は何時でも一生懸命だ。『豊饒の海』にも尋常ならざるお勉強の結果が詰め込まれていて、細部にこだわればまるで『日蝕』の感想のようにきりがない。

 三島由紀夫自身が同性愛者であるかどうかなど実際どうでもいいことだ。ただしあらゆる手段を使って三島由紀夫が『仮面の告白』を本物の告白に見せかけようとした訳については考えてみる必要があるだろう。

 平野啓一郎が『仮面の告白』においてはほとんど無関係な天皇に触れているのも無用の前振りとしか思えない。まさに結論ありきを疑わせる。

 同性愛など『仮面の告白』においても賺しでしかない。三島由紀夫は古典がしっかり身に着いた最後の世代として、私小説に形を寄せて、私小説では現れることのなかった平安以前の語彙をひけらかし、坂口安吾に目にもの見せようとしていたのだ。

 これは商業出版された三島由紀夫の商品である。この商品の特徴は

・兎に角屁理屈が小むつかしい
・難しい言葉を使う
・ぼくはとても変わっているでしょうと宣伝している

 この三点だ。

 平野啓一郎はアウティングの危険性についても自覚している。しかし言い当てねばならないのは三島由紀夫や主人公の性的嗜好や性自認ではなく、その作品がどういう企てで、どう書かれているかということだ。

 三島由紀夫は『仮面の告白』において、内的に深刻なものを抱える作家の本物の告白に見せかけて、中身が空っぽの自分を隠した。ただ古典に通じていて文章が上手いというだけでは売れないので、世間が欲しがりそうなものを書いた。

 そういう形式を言い当てなければならない。

 また「ヘテロロマンティック・ホモセクシュアル」という見立てそのものは良いとして、そこに「男装に対する嫌悪」という独特の嗜好があることを見逃している。「男性に対する嫌悪」にはミサンドリーという用語があるが、「男装に対する嫌悪」には便利な用語が見当たらない。歌舞伎や宝塚で女装男装に慣れ切った文化の中にあってさえ、一定の割合で、そういうものに耐えられないという性的嗜好は存在するはずである。

 美輪明宏は女装した男性だから三島由紀夫には女性も愛しうるなどと書いている場合ではない。

 一八九八年四月二十八日[木]朝羽蕃、前よりやる夢みる、ぬく。(『日記』二巻)

(『南方熊楠』唐澤太輔著、中公新書、2015年)

 羽蕃とは羽山蕃次郎である。兄繁太郎とともに関係があったと言われる。前からとは器用なものだ。『仮面の告白』にはそういうところが見えない。ごく自然な成り行きの話として平野啓一郎は三島由紀夫が女性と「した」と喜んでいたという伝記的記述を挟み込む。

 しかしその前に、「ヘテロロマンティック・ホモセクシュアル」がどのような形で規定されたのかの釈明が必要だろう。私にはむしろ『仮面の告白』の主人公が薫くんなみに禁欲的に見える。かりに「ストイシズム」という言葉を足して、「ヘテロロマンティック・ストイシズム・ホモセクシュアル」と言い換えてみれば、彼が一日三回自慰行為をしないことが納得できるわけではない。

 南方熊楠の表現にあるように、平均的な成年男子の肉体においては「ぬく」という行為がけして特別なことではありえない。

 今や科学的には性別とはグラデーションであることが明らかになっている。そういう意味では『仮面の告白』の主人公の精神性ばかりが論われて肉体的な問題が問われていないことも腑に落ちない。そもそも「ヘテロロマンティック・ホモセクシュアル」という表現はおちんちんがついている女性に対する差別に当たらないだろうか。男性に興味がある人間をすべてホモで括るのはおちんちんがついている女性は存在してはならないという一つの古い諦念なのではないか。(勿論私はここで単なる文学の話をしているのであって、私自身の思想信条や性的嗜好なり信念なりを吐露している訳でもなんでもない。)

 後の『暁の寺』を精読すれば三島由紀夫に変成男子(へんじょうなんし)の気配が見えることも明らかである。『仮面の告白』の主人公の肉体はどうであったか。そのことこそが問題ではなかろうか。

 

 ホリエモンの謎理論こそが本当の告白だ。

 もちろん『仮面の告白』の主人公が腋毛好きというところも見落としてはならない。ただそうした性的倒錯の一つ一つを話題にするなら、『仮面の告白』の主人公が極め付きの文学フィリアであることをまず認めねばならないであろう。『日蝕』を読んだとき、平野啓一郎は平凡社か立教大学と繋がっているのではないかと疑った。この人も文学フィリアであると確信した。

 『仮面の告白』の主人公が真に告白したのは、文学フィリアであるというまがうことなき事実である。

 あとはおまけである。


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