芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ 蘇州で馬にだって乗る
※志賀直哉は晩年メガネをかけている。
この話を読むたびにいつも三島由紀夫のことを考える。そしてここに夏目漱石の名がないことも考える。それでいつもどちらにも進めず、何も書けないでいた。
三島由紀夫が坂口安吾ふうの丸メガネをかけていたのは二十歳くらいの時だっただろうか。私はその一枚きりしか三島由紀夫の眼鏡の写真を見ていない。トーマス・ピンチョンの海軍時代の隙っ歯の笑顔の写真も一枚きりしか見ていない。しかし確かに記憶にはある。ただ三島由紀夫の眼鏡の記録が見つからない。まさかコンタクトレスンズ?
いやいやそう言うことが書きたいのではなかった。「森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ」ということが書きたかったのだ。今更私が念押しするようなことではないのだが、ここしばらく教養がどうのとまるで芥川をくさすようなことばかり書いてきたので、そうは言っても「森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ」という当たり前のことを確認しておきたかったのだ。
要するに芥川龍之介にも間違いはある。間違いは誰にでもある。間違えたから読書家ではないとは言えない。
一昨日、『将軍』の伏字を勝手に穴埋めしようと思いついて、それらしい資料の類をいくつかを見ていて驚いた。
書き出しの日付が資料と同じだったからだ。架空の日付ではなく、史実に照らし合わせて書いているのだ。阿吉牛堡招魂祭についても史実通りのようだ。勿論何かを見ながら書く方が楽な場合もあるが、適当に書かないために資料を集めるのは当時はなかなか骨だったはずだ。単に時間や費用の問題ではなく、相当古本屋を巡らなくてはならない。
芥川は大変な勉強家だ。
それから芥川に翻訳作品が見当たらないようなことを書いていたが、小品乍らあると言えばある。
ただしアナトール・フランスの『バルタザール』は英訳からの翻訳なので、翻訳は翻訳として、アナトール・フランス作品の翻訳と言って良いかどうかは判然としない。
さらに底本の親本が「鼻」春陽堂 1918(大正7)年7月8日発行とされているものの、現時点ではその存在が疑わしい。
この本に『バルタザアル』は載っていない。
ここにある。なんだかややこしい。みんなもう少ししっかりしよう。必ず確認して書こう。でないと伝言ゲームみたいに出鱈目になる。一回ごちゃごちゃになると整理するのは大変だ。真面目にやろう。『春の心臓』は初出が「新思潮」第一巻第五号 1914(大正3)年6月1日発行、署名は、押川隆之介(目次では、柳川隆之介)とされていることから、時期的に見てもこれは学生時代の勉強の一つかと思える程度のものである。。
そうは言いながら翻訳はやろうと思えばできるのだろう。
大作がないだけだ。
芥川は語学も達者だ。
しかし、
菊池寛にこうおだてられる迄の実力はなかったかもしれない。
しかしおだてられるだけ立派なものだ。
榲桲なんて字を知っているだけで立派なものだ。
私は知らなかった。
【余談】
漱石が一番に褒められていると何となく嬉しいものだ。芥川の字は私には正直立派には見えない(なんというかカクカクしていて尖っている。余裕がない感じがする。)が、北大路魯山人という風流人に「魅力がある」と言われていてやはり嬉しい。
これは芥川自慢の品だったらしい。本物で良かった。芥川にしては重厚すぎる感じもあるが、彼の目利きが確かな証拠であろう。
大町桂月が馬鹿にされているのは少々可哀相だが、まあ仕方がない。
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