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川上未映子の『夏物語』をどう読むか⑧ きみには野心が足りない

 第二部2016年、夏目夏子は作家になっていた。2011年には小さな文学賞を受賞しデビュー、担当の男性編集者からは二年間ダメ出しを喰らい続けついには「きみに本物の小説なんか書けるわけないよ」とまで言われてしまう。

 本物の小説ってなんだろう?

 これは?

  これは?

 その一年後テレビで芸能人が褒めて六万部を超えるヒット。仙川涼子という女性編集者が連絡をして来る。そして「文章」がいいから、この話の通じない世界で、話を理解しようとする人たちと出会うためにもっといい作品をつくろうと持ち掛ける。

 なるほど言葉は通じるけれど話の通じない世界。普段ほとんど他人と会話をすることはないけれど、ツイッターを眺めてみれば、確かにこの世はどちらを向いても言葉は通じるけれど話の通じない世界であり、作品が理解されるということがいかに困難なことであるかということは、まさに今こうしてnoteに書いていて日々感じていることだ。

 要するに二人の天才がいて、相容れないということがある。しかしある程度の書き手が書く技術というものを認められないということは、なんというか、あれである。

イ 驚き
ロ 残念
ハ 疑問
ニ 悲しい

 この「鰻飯」「御鮨」「海苔巻き」が解らない書き手と云うものがいるのかねと思えば、それが谷崎潤一郎だから困る。あるいは話が理解されるということは、ほぼ奇蹟なのではないかと。

 ところで話を飛ばしていた。第二部は昔のバイト仲間との昼食会でガレットを食べ、「夫に腎臓をやれるか」という話題が出るところから始まる。

 まだ夏子には旦那はいない。他のメンバーはそれぞれ旦那がいる。2016年ということは夏子は38歳という計算になるだろうか。

 ガレット?

 昔のバイト仲間?

 ママ友同士の昼食会というものはよくあるのだろうが、昔のバイト仲間との昼食会でガレットだなんて、夏子も随分偉くなったものだ。しかもランチで千四百円。ガレットには夏子も不満らしい。しかし「夫に腎臓をやれるか」などという現時点では空疎な話題にも苛立つ様子もない。こともなく昼食会を終え、解散となったところで帰りの電車の路線が同じの紺野さんから、次の会にはもう参加しないかもと告げられる。

「え、そうなん」
「うん」微笑んだまま紺野さんは言った。「みんな、根っからのあほだから」
 わたしが黙っていると、紺野さんは笑って言った。
「あの子ら、救いがたいあほだよ」
 そう言うと、じゃあね、と手をあげて、紺野さんは改札をぬけて構内へと消えていった。

(川上未映子『夏物語』文藝春秋 2019年)

 さて、「みんな」なのか「あの子ら」なのかで作家先生の威信が問われるところ。明治の作家たちは抜かりなく知的エリートだったが時代を下ればそんな威信もなくなる。そうとはいえ作家である以上「根っからのあほ」ではいられまい。ここで場面転換があり夏子の感想はなく、その後引きずる様子もなく仙川涼子と夏子は喫茶店で会い、いきなり夏子が作家になりここに至るまでの回想に入る。仙川涼子とはなんとなく小説の話をして別れる。打ち合わせとまではいかない、ぼんやりした話だ。

 三軒茶屋のアパートにもどった夏子は納豆ご飯をゆっくり食べる。

 納豆ご飯?

 大阪出身なのに?

 前は米がなかったのに?

 小説の方は気が乗らずエッセイのコラムを書く。今は文筆の仕事だけで暮らしていけるのだ。夢みたいだと思う。けれどもこのまま「わたしの子ども」に会わなくて後悔しないのかとかんがえてみたりもする。紺野さんの言葉は案外引っかかっている。どうですか? と独特の間の詰め方をする仙川涼子にも苛立っている。あの男性編集者になんで言い返さなかったのかと考える。野心って何ですかと。

 意外なのは友だちなんて一人もいないと思っていた夏子に「昔のバイト仲間」という微妙なつながりがあり、恨むべき男性編集者がいて、仙川涼子という理解者(?)までがいることだ。もつと薄暗い孤独から言葉の力だけで這い上がってくるような凄まじい姿が見られるかと思っていたら「昔のバイト仲間」と昼食会をしている夏子。彼女らに夏子は自分がプロの作家であることを理解されているのだろうか。

 ここまでたこ焼きもお好み焼きもうどんも出てこないのは何故なのか。

 それはまだ解らない。

 とりあえず大阪出身なのに納豆ご飯を食べるという狂気性を夏目夏子が見せてきた……にしても夏目夏子ってどないやねん。

 夏目漱石が好きなんか?

 いや、そんな感じはせーへんな。

 それに巻子は「夏ちゃん」いうとったけど、ほなら自分も「夏ちゃん」やん。もうあほくさいから屁こいてねよ。


[余談]

 え? 『夏物語』が『Breasts and Eggs』?

 なら『乳と卵』は?




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