見出し画像

紫の鰻踊るや九月雨 芥川龍之介の俳句をどう読むか191 解らないものは解らない

掻けば何時も片目鰻や五月雨

 解らないところを何とか突き止めた句もあるが、相変わらず解らない句というのもある。例えばこの句、五月雨は解る。ごぐわつあめと読ませている。解らないのはこれが大正八年九月二十四日に詠まれていることだ。九月に降る雨は九月雨であり五月雨ではない。

 次に片目鰻が解らない。

片目鰻 南新二 著三友舎 1893年 かとめうなぎ?

 調べると、小説が一つ伝説が二つ見つかる。

 しかしそこにちなむような引っかかりが見つからない。なにしろ

掻けば何時も片目鰻や五月雨

 この「掻けば何時も」が何のことかわからない。誰が何を掻いているのか。

か・く【掻く】
〔他五〕
➊爪またはそれに形の似た道具類で物の面をこする。
①爪を立ててこする。万葉集4「暇いとまなく人の眉根をいたづらに―・かしめつつも逢はぬ妹かも」。日本霊異記下「その犬嘷吠ほえ抓かきて」。「背中を―・く」
②田を耕す。鋤すきかえす。万葉集14「金門かなと田を新あら―・きまゆみ」
③熊手などでかきよせる。今昔物語集29「蜂の死なむずるを哀れんで木を以て―・き落しければ」。曠野「落葉―・く身は奴つぶねともならばやな」(越人)
④くしけずる。髪を梳く。万葉集18「ぬば玉のよどこかたさり朝寝髪―・きもけづらず」
⑤琴の弦をなでるようにして弾じる。古事記下「枯野を塩に焼き其しが余り琴につくり―・きひくや」。「琴を―・きならす」
⑥刀などで手前の方へ引き切る。古事記下「山のみ尾の竹を―・き刈り」。平家物語9「とつて押へて頸を―・かんとする処に」
⑦道具を動かして物の面を削る。大鏡時平「工ども裏板どもをいとうるはしく鉋かな―・きて」。「氷を―・く」
⑧もうけなどを取り込む。浄瑠璃、冥途飛脚「高駄賃―・くからは大事の家職」
➋手その他のもので物をおしのける。
①水をおしのける。万葉集8「朝なぎにい―・きわたり夕しほにい漕ぎ渡り」。「足で水を―・く」
②はらいのける。とりのぞく。おしやる。万葉集2「天雲のやへ―・きわけて神かむ下り」。玉葉集秋「ころもうし初かりがねの玉づさに―・きあへぬものは涙なりけり」。「屋根の雪を―・く」
③(「裏を―・く」の形で)
㋐刀・矢などでものの裏まで突き通す。平家物語9「鎧よければうら―・かず」
㋑意表をつく。「敵の裏を―・く」
➌手その他の物を、すりまわすようにして動かす。
①手その他のものを動かしまわす。蜻蛉日記中「あなかまあなかまとただ手を―・き」。続後撰和歌集雑「暁の鴫の羽根がき―・きもあへず我が思ふ事の数を知りせば」
②(粉に水や湯を入れ)こするようにしてこねまぜる。「そばがきを―・く」
③さぐり求める。神功紀「是に於て其の屍を探かけども得ず」
④箸はしなどを動かして食物を口の中に押し入れる。かっこむ。源平盛衰記33「無塩の平茸は京都にはきとなき物也、猫殿ただ―・き給へとすすめたり」
⑤しがみつく。古事記下「はしたての倉はし山をさがしみと岩―・きかねて我が手取らすも」
➍⇒かく(繋・構)5・6

広辞苑

 どの意味に捉えても絵が浮かばない。しかしこの句には、

 夜伊香保で久米、成瀬とジヨオンズの為に別宴を開く。ジヨオンズに画を書かせ久米と二人で賛をする。

我鬼窟日録

 と前があり、

一もとの桔梗ゆらぐや風の中     三汀

 と久米が詠んでいるので、ここは「掻く」と書いてあってもその意味は、まさにスクラッチで、

か・く【書く】
〔他五〕
(「掻く」と同源。先のとがったもので物の面をひっかく意が原義)
①(「描く」「画く」とも書く)筆などで、線をひく。また、絵や図をえがく。古事記中「眉がき、此に―・き垂れ」。古今和歌集序「絵に―・ける女おうなを見て」。「設計図を―・く」
②文字をしるす。宇津保物語国譲上「青き色紙に―・きて松に付けたるは、草そうにて夏の字」。「筆で―・く」
③文に作る。著作する。源氏物語帚木「文を―・けど、おほどかにことえりをし」。「小説を―・く」「本を―・く」

広辞苑

 この描くという意味なのではないかと考えてみる。そうすると久米が素直に「風の中に一本の桔梗が揺らいでいるようだ」と詠んだのに対して、我鬼先生は「君が画を描くといつも片目鰻のような訳の分からないものが出てくるな五月雨」と桔梗を片目鰻に置き換えたものではないかという感じが何となくしてくる。あくまでも何となくである。桔梗は六月から秋口まで咲くので、何でも濃い紫の花が描いてあれば桔梗でよかろうというわけではなく、普通は「一もとの」にならず群れて咲く。従って久米の見たものがどんな絵なのかということも怪しい。

 そして九月二十四日の五月雨と片目鰻がやはり基本的に解らないので、これは訳の分からない句となる。

 訳が分からないながら何かをひっくり返そうとした句であり、解らせようとしていないひねくれた句であることは確かだ。

論語お伽噺

※昨日 ↑ この本を買ってくれた人ありがとう。と言ってもnote民にそんな人はいないか。


この記事が参加している募集

#最近の学び

181,685件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?