芥川龍之介の『あばばばば』をどう読むか⑤ 則天去私と眇
これまで私は芥川龍之介の『あばばばば』に関して五本ほど記事を書いてきた。書き足りないものの、それでも一応「女の妊娠時期」と「洪水」というところで話を止めておいた。(私が本来切りのない人間だということは、今更説明するまでもなかろう。)ここまでは明確に書かれていることであり、今回は「お馬鹿な推測」を敢て足すことにする。
それは『杜子春』を読み直していて『戯作三昧』が思い出され、「眇」が気になったからだ。夏目漱石の門下ならば何度となく繰り返し考えたであろう「則天去私」、それは自分の娘がめっかちになっても「ああ、そうか」と受け止められる態度であると伝えられている。このめっかち、「眇」とも書かれる。では『杜子春』では「眇」がどう扱われていたかと言えば、
奇特な仙人の外見的特徴なのであった。仙人がただただ奇特であることは三度も杜子春の願いを聞き届け、最後には家と畑をプレゼントすることから異議はあるまい。
では『戯作三昧』ではどうだったか。
中国式の考えでは相貌の怪異は特殊能力の証、しかして和式では「眇」は有難がられない。『あばばばば』に関してはどうだったろう。
この「眇」の主人にはどちらかと言えばマイナスの要素が与えられているものとこれまで私は捉えてきた。いわば『戯作三昧』的な「眇」、であり、その主人が硯友社趣味の樋口一葉のような、あるいは真っ白な猫のような女を嫁にするところが筋なのだと。
しかしよくよく読むとこの主人は『戯作三昧』のように悪く描かれていない。不愛想だが察しが良く、保吉との最初のやり取りにしてもむしろ保吉の方が頑固なだけであって、むしろ親切と言えば親切なのである。
そして改めて則天去私について考える。『戯作三昧』では目が見えなくなるまで「八犬伝」を書き続ける馬琴が出て來る。もう視力も弱っている。もし則天去私の境地に達したものが自分自身がめっかちになったとしたらどうだろうと。それでも「ああ、そうか」と受け止められれば、これはもう仙人なのではなかろうか。
これが大正五年の記憶であるなら、大正六年の『戯作三昧』、大正九年の『杜子春』の前に「眇」の主人はいた。その少し前に漱石が「則天去私」と言い出したのだ。そこに「眇」の主人が現れたとなれば、どうしても「則天去私」と「眇」を結びつけて考えざるを得まい。
私はこの「眇」の主人を「親切」と書いた。別の言い方をすると欲がない。朝日を一つ売れば売った分だけ利益が出るのに売らない。客に無駄な金を使わせたくない。そんな商売人が一体どこに存在するものだろうか。この男は儲けに拘っていない。この男にはどこか浮世離れした仙人的性格が与えられてはいまいか。
そこまで書いて改めて、保吉と真っ白な猫のような女の出会った時期と妊娠期間、そんなもろもろを足し合わせてみると、俄然この「眇」の主人が「則天去私」の人に思えてくる。例えばこの儲けにもこだわらない男は、他人の子を宿した女でさえ、何のこだわりもなく受け入れるのではなかろうかと。これは書かれていないことであるが、「眇」の主人が真っ白な猫のような女と出会い、嫁にして、それから女が妊娠したのであれば、そもそも保吉との出会いはもっと早かった筈なのである。なのに女は妊娠してようやく保吉の前に現れる。
ということは? 真っ白な猫のような女の宿した子は、「眇」の主人との間に出来た子ではない可能性が大いにあるのではなかろうか?
しかしそこには洪水で一切を押し流されねばならぬ罪も罰も存在しないであろう。「眇」の主人がこだわらない男であり、「則天去私」の仙人ならば。
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