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読み誤る漱石論者たち 阿刀田高④ この世界の実存的トラブル?

 読書感想文は好きに書けばいいと思います。しかし少なくとも評価するためにはある程度調べてから書くべきだと思います。懐手で考えて解らなければ、気になる部分を掘っていく必要があるのではないでしょうか。そもそも自分の理解を超えているものを何故評価しようとするのか私には解りませんが、最低でもそのくらいの礼儀はあっていいでしょう。

 阿刀田高は『門』について、「暗いんだよな、何を汲み取ったらよいのだろうか」とぼやき、ついには「これは社会的トラブルを描くものではない。宗助たちは卑近なトラブルを介して、はしなくも人間の、この世界の実存的トラブルに関わってしまったのだ」と書いてしまう。ふう。これでは「読書メーター」以下のトンデモ説だ。

 まず「読書メーター」レベルに『門』の構造を見ておけば、これが『道草』と対になり、「子供が生まれない話だ」ということになる。逆に『道草』は「不細工な子供がどんどん生まれる話だ」と云える。「罪ある女は子をなせない」という漱石サーガのテーゼによれば、健三の細君には罪はなかったという理屈になる。お米は人に対してすまない事をした覚えがあり、その罪が祟って、子供がけっして育たないことに悩んでいる。この世界の実存的トラブルに関わっているわけではない。宗助もまた安井に対する過ちを引きずっている。

 彼らは自己の心のある部分に、人に見えない結核性の恐ろしいものが潜んでいるのを、仄かに自覚しながら、わざと知らぬ顔に互と向き合って年を過した。(夏目漱石『門』)

 これは社会的トラブルである。
 しかし『門』は色恋とか友情と裏切りを中心とした青春譚ではなく、もう少し大人の生活を描いてゐる。『それから』は自分にとっては自然な愛が、反社会的であるために突然生活の困難、つまり「金」の問題に向き合わされるというところでちょん切れていた。『門』は『それから』のそれからであるから、「金」の問題が詰められていることを見なくてはならない。
 宗助は役所勤めながら、代助が批評したような小さな家に住んでいる。雨漏りがする。もとは資産家の息子だったが、今では弟を大学に行かせる甲斐性もない。

 月々の収支を事細かに計算して見た両人は、
「とうてい駄目だね」
「どうしたって無理ですわ」と云った。(夏目漱石『門』)


 外套を月賦で買うことすらできない。一足しかない靴は底が抜けている。これは実存的トラブルではない。景気の話である。つまり書かれていない部分でいえば、「仮に子供が生まれたら、それはそれで大変だろう」とも言える。親戚付き合いがあり、今のように税制優遇などの子育て支援制度があれば話は別だが、子供が出来ても早くから奉公に出すしかないのではなかろうか。
 そして『門』は明確に時代を捉えた小説でもある。

「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向って聞いた。
短銃をポンポン連発したのが命中したんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨そうに飲んだ。御米はこれでも納得ができなかったと見えて、
「どうしてまた満洲などへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜に秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目な顔をして云った。御米は、
「そう。でも厭ねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓へ行って殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利いた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ」
「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」 (夏目漱石『門』)

 「短銃をポンポン連発したのが命中したんです」と漱石はわざと誰が連射したのか書かない。つまり安重根が射殺したとは書かない。この事件のいかがわしさを指摘しているのだろう。このいかがわしい時代に腰弁としてひっそりと暮らすことは実存的問題ではなく、社会的問題である。

 阿刀田高は柄谷行人のように宗助の参禅を批評しない。そこに文句を云ってもしょうがないという姿勢は正しいが、一方で参禅が十日間(一応、清という下女はいるものの)お米と小六を二人っきりにしたことの意味に気が付いていないのも確かである。

 また『門』という題名の意味を考えないのは流石にいけない。

 易者の門、山寺の門、そして門のない家の門。宗助の給料が五円上がり春が来る。鶯が鳴く。暗いとばかり阿刀田高は云うが、しみじみとした良い小説だと私は思う。




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