太宰治の『天狗』は何故天狗か? といっても何しろ芭蕉の付け方を批判しているのだから天狗なんじゃないかということに一応はなるが、そればかりではない。この太宰が指摘した『猿蓑』の巻四の、
ゆがみて蓋のあはぬ半櫃 凡兆
草庵に暫く居ては打やぶり 芭蕉
いのち嬉しき撰集のさた 去来
……の芭蕉の付け方を芥川龍之介が「徳山の棒が空に閃くやうにして息もつまるばかりなり。どこからこんな句を拈して来るか、恐ろしと云ふ外なし。この鋭さの前には凡兆と雖も頭があがるかどうか」と激賞しているからだ。
また芥川は続けて巻四の、
昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ 芭蕉
しよろしよろ水に藺のそよぐらん 凡兆
……の凡兆の付け方について「未(いまだ)しきやうなり」(未熟なようである)とする一方、芭蕉の句に対しては、「なかなか世間並の才人が筋斗百回した所が、付けられさうもないには違ひなし」と、やはり芭蕉を持ち上げている。
芥川龍之介が激賞した「草庵に暫く居ては打やぶり」が「魚の骨しはぶるまでの老いを見て」から十八句目にある。太宰治にとっては芭蕉だろうが芥川龍之介であろうが関係ないのだ。
そのぐらいの天狗でなければ小説など書けるものではない。太宰治は筋斗(とんぼ返り)百回を易々とこなすから天狗なのだ。
[付記]
芥川はこうも書いている。
その通り。芥川龍之介は夏目漱石作品の偉さを知らないまま死んだ。