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ヒッチハイク紀行文⑲ 灘パート2

ヒロコさん、川崎くんと別れた僕は秀明さんの案内で「水道筋商店街」を観光した。
この商店街は秀明さんに取っても馴染みの深い場所で、小さい頃から事あるごとに来ていると言う。
なので、顔馴染みとすれ違う度に挨拶を交わしていた。
まさに地元だ。

「ここの寿司屋のおっちゃんは昔馴染み。あと、さっきすれ違った人もいい人でな、車停めた場所あるやろ?あの近くに店構えてるんやけど、俺の車のエンジン音聞くたびに店から顔出して挨拶してくれんねん」

僕はこの商店街の雰囲気が好きだった。
のどかで、すれ違う人が何となく温かいオーラを発していて、それでいて品がある。
古めかしい看板のお店は今でもしっかりと活気があり、店主はその威勢の良い声を響かせている。
ちょっとだけ、僕の生まれ育った目黒の雰囲気と近いものがあった。
もちろんそれは、秀明さんのフィルターを通してこの商店街を見ているからなのかもしれない。
一人旅でこの場所を訪れれば、街行く人たちは自分とは馴染みの無い赤の他人だ。
そう思うと、日本各地にある素敵な場所を地元の人のアテンド付きで巡るのも、楽しい旅になるかもしれないと思った。

✳︎

時刻はもうすぐ18時。
僕たちはその後、線路沿いにある「ウルトラマンハウス」と呼ばれる個人宅を見たあと、秀明さんの彼女を迎えに行った。
ちなみに「ウルトラマンハウス」とは、ウルトラマンが大好きな家主が溢れる気持ちを抑えきれずに、外装をウルトラマンのようにしてしまった家のことだ。

「彼女さんのお迎え、僕もついて行って大丈夫なんですか?」

「大丈夫やろ。一応LINEしとくけど」

僕が彼女なら、いつものように迎えに来てくれた彼氏の車に、ヒッチハイクで捕まえた見ず知らずの男が乗っていたら嫌だ。
とは言え、秀明さんの情報で面白い人が好きな彼女と言うことなので、気にしないことにした。
秀明さんの彼女はホテルで働いているらしい。
来週から名古屋に転勤になったらしく、最近は引っ越しの準備でバタバタしていると言う。
そんな時に、尚更良いのだろうか。
秀明さんも名古屋へは仕事でほとんど毎日行っているみたいなので、来週からは彼女の家と合わせて名古屋と神戸の2拠点生活になるとのことだ。

「ちなみに、俺から聞いた彼女の情報は知らんていで頼むわ。ホラ、知らないうちに自分の情報知られてんのも、何か嫌やん」

確かにそうだ。
車を路上に停めて、彼女の仕事が終わるのを待つ。

「彼女から返信来たわ......このリアクション大丈夫かな」

「え、なんでですか?」

「いや、大丈夫やと思うねんけど、『え?一緒に来るの?』ってなっとるから、どうやろな」

「いや、それ嫌がってますやん」

「わからんけど」

まぁもうここまで来てしまったのだから、堂々といる他ない。
それはそうと、秀明さんの顔が浮かない。
彼女のリアクションがそんなに意外だったのだろうか。
さっきまでの飄々とした、自信満々の秀明さんは何処かに消え、そこには秘密がバレた時の冴えない男の姿があった。

「後で気まずくなっちゃいますか?」

「いや、多分大丈夫なんやけどな」

男女の関係は色々あるらしい。

✳︎

しばらくして彼女から電話がかかって来た。
どうやら仕事が終わったらしい。

「彼女、平気そうやわ。声も普通やったし」

どうやら秀明さんの杞憂だったらしい。
その後すぐ彼女はやってきた。
明るく華々しい雰囲気を放つ可愛らしい女性で、仕事終わりで疲れているはずなのに、僕のことを歓迎してくれた。
秀明さんからは「ミユちゃん」と呼ばれていた。

「いや、ごめんね、急に」

「いやいや全然!よくこの人ヒッチハイクしてる人乗せるらしいから」

「な。でもよく考えたらアレよな。ヒッチハイクしてる見ず知らずの男を連れて彼女迎えに来るって、中々イカれてるよな」

「いやそれ自分で言うか?でもお兄さん、当たり引いたな。中々こんなクレイジーな人と出逢わんやろ?お母さんたちにも会ったって聞いたし。ってかごめん、名前なに?」

「あ、ツバサです。いや、ホントそう思う」

「ツバサはこの旅で色んなおもろい人に会いたいらしいねん。ほんでゲストハウスとか紹介したりしてな」

「秀明も中々におもろいけどな」

「アレよな、ミユちゃんもおもろい人の話聞くの好きやんな」

「そうそう。秀明と付き合う前はよくマッチングアプリで、おもろい人探ししてたわ」

「出会い目的じゃなく?」

「もちろんそれもあったけど、普通に変な人いっぱいおるやん。その人たちの話とか聞くのが好きやねん。何回か会った子で、今でも仲良い子とかいるし」

「2人はどうやって出会ったの?」

「マッチングアプリやな」

「あ、そうなんだ。今本当多いよな」

「多いな、逆に使ってない人の方が少ないんちゃう」

「そうかもしれない」

「ツバサはやらんの?」

いきなりミユちゃんから、下の名前で呼ばれたのでびっくりした。
なんと言うか、スッと距離を縮めて来た感じだ。

「やってたよ。今はやってないけど」

「あ、そうなん?」

「課金しないでやってたら、業者に引っかかりまくったからやめたわ」

「あはは。それはウザいな。あ、そうや。ツバサはチョコレート食べれる?」

「え、なんで?」

いや、今日餞別にってもらったんやけど、ウチら2人ともチョコレート食われへんねん」

「へぇ。それは珍しい。でもいらないなら欲しい」

「上げるわ。貴重な食糧やろ」

「うん、めっちゃ助かる」

チョコレートは15粒入っていた。一粒一粒が大きく、食べ応えがありそうだ。
これから秀明さんの家に向かう。
そこで着替えを回収して、ジムへと向かう。
その後はゲストハウスに宿泊だ。
ミユちゃんを迎えに来る前に電話で予約しておいた。

「やばいな、ジム間に合わんわ」

「大丈夫なん?別に迎えに来んでも良かったのに。今日荷物の整理とかあったから遅くなる言うたやろ」

「いや、別にええねんそれは」

「ツバサもジム行くの?」

「うん、体験することにしたわ」

「え〜いいなぁ。私も行きたい」 

「は?なんで」

「だって私だけ仲間外れ嫌やも〜ん」

「いつも行くなんて言わんやん」

「ええやんか」

「マジか」

「嫌なん?」

「いや、嫌というか、今日ユウタくんおるしなぁ」

「誰?」

「いや、それはええねんけど」

どうやら秀明さんは、男だらけのジムに彼女を連れて行くのを躊躇っているらしい。
確かにミユちゃんは警戒心がなく隙だらけで、気にいった人がいたらフラッとそっちにいってしまいそうな危うさがある。
彼氏としては、そんな彼女を男だらけの場所へ連れて行きたくはない。
何というか、こんな感じの秀明さんは新鮮だった。

「ええやんええやん!」

「もうわかったわ。飯はどうするん?今朝作っておいたけど」

「ジムから帰ったら一緒に食べるわ」

「わかった。よし、着いたわ。ツバサは車にいて」

「私も待ってる?」

「お前は一緒に来い」

僕も警戒されているらしかった。
と言うか、ミユちゃんが警戒しなさすぎだ。
僕は秀明さんに変な勘違いをして欲しく無かったので、物理的にも、心理的にも、今後ミユちゃんとは近付きすぎないようにしようと誓った。
2人が帰ってくるまで、しばしの沈黙。
思えば、今日会ったばかりの人の車に1人で残されるのも、変な感じだ。
日本は一度「知り合って」しまえば、そこに信頼関係が生まれて、無防備に荷物や車を置いておいても気にならなくなるんだろう。
僕もタカさんの車にリュックを残してトイレに行ったりしていた。
もし取られたら旅どころでは無くなるのに。
さて、神戸まで来てしまった。これからキックボクシングのジムに行くらしい。
今日はまだ終わらない。

続く。

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