同期でいたい 10--リング--

「いつ向こう行くの?」
「今日明日で引っ越し準備して、明後日かな。午前中あいさつ周りして、午後から向こうに行く」
映画館で上映前、そんな話をした。

次の日、「急にお休みしてすみません」と出社した私に、課長は何も聞かなかった。

***

そうして、高木の本社最終日になった。
「帰る前に、フロアまで会いに来て」
そうラインで送っておいたのに、返信は無かった。

各階上から回って来たのだろう。高木は紙袋を持ってフロアにやって来て、部長や各課長にあいさつして行く。それは、私のために来たのじゃなくて、ただの部署回りだった。

町田課長とは親しげに話し、肩を叩かれていた。その間、私はパソコンをじっと見つめるだけで、どうにも仕事が進まなかった。

「黒野、俺行くな」
高木は、他の人がいるときには、私を苗字で呼ぶ。
「うん、元気でね」

退職するわけでもないし、縁が切れるわけでもない。だからせんべつの品は用意しなかった。
あっさり高木はフロアを出て行く。

ついに、本社にいる間、高木が私を、フロアまで迎えに来てくれることはなかった。


私は立ち上がって、高木を階段まで追いかけた。
「高木!」
「ん?」
もう一回、名前で呼んでほしい。
高木の部屋とか遊びに行ったときみたいに、触れたい。

そんな甘えたセリフを、私は会社ではけなかった。
「今度、ミノリの結婚披露宴こっちでやるらしいから、その時にでも」
「ああ」
「じゃあね」

私は手を差し伸べた。
高木は笑って、握手をしてくれた。手はあったかかった。

***

それから一ヶ月経って、業務中にミノリから電話が入った。ちょうど気分転換したい時間だったので、社用携帯を持って非常階段に出る。

ぶわっと風が吹きついてきて、高木がここでタバコを吸っていた姿を思い出した。


「あ、ナツキ?仕事の話じゃないけど今大丈夫?」
「うん。披露宴のこと?」
「そう。日程決まってさ。まだ数ヶ月先なんだけど出席大丈夫かな」
日付を聞いて、オッケーの返事をする。招待状をまた送ってくれるそうだ。

「そういえば、高木の噂、聞いたんだけど」

ミノリの言葉にドキンと心臓がはねる。ミノリは大阪支店、高木は奈良営業所なので、今は私より近くにいる。

「関西の支店営業所で、たまに女性社員や事務員で集まって、ま、女子会ってやつするのね?」
それだけでもう嫌な予感がした。

「で、奈良営の、事務員のコが、狙ってるらしいよ。高木のこと」
「…は?」
いらっとした態度が口に出てしまった。クスッとミノリは笑う。

「何怒ってんの、文句言えないよ。あんたはリングにすら上がってないんだから」
「…リング」
「あんたは最初から勝負を降りてる。同期っていう近くにいれる関係に甘えてさ。その結果どうなった?結局離ればなれじゃん」

ミノリは続けた。
「どうするの?このまま黙って持って行かれる?…ま、私の披露宴に高木も呼ぶしさ、そのときが最後のチャンスなんじゃないの」

電話が切れた後も、私はフロアに戻れなかった。
四年も近くに居た私を差し置いて、ちょっと接しただけの女が手を出そうとするな、一瞬その見えない女のコに対して思ったけど、そのイライラは長く続かない。

私は四年も側にいて、高木に対して何にも思いきれなかった。ただそれだけだった。

リングに上がってみたいけど、上がり方がもう私には分からなかった。
「披露宴で会うときに、か…」
まだ数ヶ月ある。それまでに覚悟を決められるだろうか。

携帯につけた、小鳥のキーホルダーをそっと触った。

つづく

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