同期でいたい 14(最終回)--同期--

ミノリの披露宴後、私は、出社してもただ座っているだけだった。あのプロジェクトは同じ部署の佐藤さんに半分投げ、支店が出さない資料は後輩に督促させた。

仕事をするつもりもないのに、家に帰りたくなくて遅くまで会社にいつまでも居座った。

今日も、薄暗いフロアで、机の引き出しに入れた、クリーム色の小鳥キーホルダーを取り出す。相変わらずふわふわとしていて可愛いかった。
社用携帯は、このキーホルダーをはずすとひどく軽く感じた。

「形だけでも、残業するなら電気つけとけよ」
苦笑しながら、町田課長が出先から戻ってきた。
「高木のことだろ?」

課長は、「飲め」と缶コーヒーを私のデスクに置いた。自分の分だろうに、「いいです」と言うと、「見てられないから」と言われた。

課長は明るく続ける。
「仕事はちゃんとしてくれよ。高木もそれが望みだろうから」
「…すみません」
「高木さ、あいつ麻雀のときにいっつも黒野の話してたんだよ。楽しそーに」
「私の話?」

「お前、高木によく、フロアに迎えに来いって言ってたんだって?」
私は顔が赤くなるのを感じた。それはただの甘えだったからだ。

「自分でもよく分からないけど、高木に『お疲れ』なんて言いながら迎えに来てもらったら、なんか嬉しいなって。子どもですよね」
笑おうとしたけど、上手く出来なかった。

「お前、それは高木には酷だろう」
「えっ?何でですか?」
「黒野と初めてちゃんと話したときのこと、高木はよく話してたぞ」

−−だから俺は、絶対あいつを迎えに行かないんです。

***

泣く場所を探して非常階段を開けると、風が吹き込んで来た。そこには先客がいて、その人はちょっと驚いたように笑った。

「何かあった?」
「ううん。ごめんね。私の提案が悪かったから、さっきの課題やり直しになっちゃって」
入社三日目、与えられた研修課題で、私たちのグループだけ、見当違いのことをして指導担当にひどく叱られたのだ。

その人は、ぽんと頭に手を置いてきた。
「案の採用は、みんなで話あったことなんだから、自分を責め過ぎでしょ。えーと…」
「黒野ナツキ」
「ナツキ、さん。あ、俺は高木ね」
ふっと高木は笑った。

「これ吸う?」
タバコの箱を傾けられる。
「嫌なことあったときとか、たまに吸うとラクになる、俺はね」
一本受け取って口にくわえてみた。「吸って」と言われて、吸った瞬間に火をつけてもらう。すごく苦かった。

「三、四年目までに、先輩たちの同期は、結構辞めちゃってるらしいけど。俺たちは頑張ろうなー」
「そうだね。実は私ね、決めてるんだ。何かが迎えに来るまでは辞めないって」

笑顔が優しかったから、この人になら、自分の笑われちゃいそうな決意を話してもいいかと思えた。
「迎えに来る?王子様とか?」
高木は、似合わないとでも言いたそうに聞いた。

「うーん、王子様っていうか、まだ分からないけど。誰かが迎えに来てくれるみたいな、『もういいよ』っていうサインがあるまでは、大変でも続けようって思ってる」
「へー…。よく分からないけど、なんか変わってるなー、ナツキさんって」
「いーじゃん、別に」
私たちは並んで、煙がたゆっていくのを見つめた。

「ま、これからよろしくな、ナツキ」
「よろしくね、高木」
私が手を出すと、高木は笑って握ってきて、握手した。
高木の手はあったかかった。


おわり


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