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春の夜ぬるい海

春の夜に散歩をすると、水の中を泳いでいる気分になった。

冷たくも熱くもない、ぬるい水の中。
誰も道にいないのをみはからって、クロールみたいに両手を交互に動かしてみる。

私の好きな物語の中に、現実世界と見えない世界の境目に水が満ちているという描写があって、その物語を、春の夜にはいつも思い出してしまう。

春になると水にのって、たくさんの生命がやってきて、世界のはざまで繁殖してうごめくのだ。

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そんなことを、去年の春に書きかけてやめた。どうして春の夜が、ぬるい水の中みたいな感じがするのか分からなかったから。

そしてまた春。今年の桜は長かったけど、うすくて儚いその花を、どうしてかあまりきれいとは思えなかった。
もっと濃いピンクで、赤で、黄色くて、鮮やかな花の方が見ていて安らぐ。

代わりにわかったことがある。
春の夜は、たぶん羊水みたいなんだと思う。
ぬるくて、あたたかくて。
懐かしくて、守られていて、どこにも行かなくていい。
だから安心してクロールの真似をしたらいい。

だけど、いつかはここを出なきゃとわかっている。

私は、心のどこかで桜のふきだまりには、妖精が眠っていると思っている。

そう、あの子も安心して今は眠っている。
妖精みたいに、現実と夢のはざまで、儚くうすいピンク色の中に、ゆらゆらと。

だけどあの子はきっと眠りから覚醒して、
自分の意思でぬるい春の夜から出てくる。

おいでよ、鮮やかできれいなこの世界に。
私、待ってるから。


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春の終わり、出産しました。
これは妊娠中に書いたものです。

#エッセイ #妊娠 #春

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