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蛙化現象⑬

前回までのあらすじ
僕は大学を休学し、千葉のある場所で働いていた。2018年9月、その職場で明日香という女性客に出会う。接客中、徐々に僕の心は明日香に惹かれていった。そして出会ってから1年後、自分の気持ちを電話で伝えた。結果、2019年12月22日、福岡ー東京の遠距離恋愛が始まった。僕たちは月1のデートを重ねていき季節は3月。ホワイトデーのプレゼント達と一緒に、僕は張り切って明日香の住む東京を訪れた。ホワイトデーの滞在後、明日香のLINEの返信に違和感を感じた僕は、初めて自分から電話をかけた。

第四章 蛙化

正体

今でも忘れない。3月24日のこと。僕は初めて自分から、明日香に電話をかけた。明日香の返信内容に、変な違和感を感じたためだ。

「珍しいね。自分から電話をかけるなんて。」

明日香は珍しいそうに言った。

「そうかね。まあなんとなく。」

僕は本当の理由を誤魔化した。

そしてお互いに、今日1日の出来事について話した。ここまではいつも通りの会話だった。

その後、明日香は言った。

「ごめんね。」

何のことで謝っているのか、僕はさっぱり分からなかった。そして明日香は続けてこう言った。

「この前は事あるごとにイライラして、ごめんね。本当にごめん。わざわざ福岡から来てくれたのに。いっぱいプレゼント持って来てくれたのに。本当にごめん。」

「以前の態度のことか!」と納得する反面、未だにスッキリしない自分がいた。「なぜこれだけ小さいことで、何度も謝るのか?」そこがどうしても、頭の中で引っかかる。そこで僕は言った。

「いいよ。もういいけんさ。でも他にも何かあると?そんな謝らないけん理由があると?」

1分間ほど沈黙が続いた。今か、今かと明日香の声を待っていた。この1分は、人生で最も長い60秒であったに違いない。

「うち蛙化現象かも。」

浮気、元婚約者との復縁、妊娠、転職、引っ越し、そんな言葉達を予想していた僕にとって、あまりに気が抜ける言葉であった。加えて長く待った上に、初めて聞く言葉を聞かされた僕は、何も答えることができなかった。

その得体の知れない言葉を調べるために、電話をスピーカーにしてその言葉を調べた。

一部割れている画面には、このような解説が記されていた。

「蛙化現象とは、片思いの恋が実り、いざ相手から好意を向けられると、興味をなくしたり、拒否感が出てしまうこと」

読み終えた僕の心の中には、iPhone画面と同様、まるで蜘蛛の巣のようなひびが入っていった。そのひび達は次第に広がり繋がっていき、最後には僕の心に穴を空けた。その瞬間、憎悪・嫌悪・厭悪・怨恨など様々な負の感情が湧き上がった。「興味がなくなるとは?拒否感ってなんだ?」僕はただ認めたくなかった。プライドが許さなかった。

しかしここまで落ちた心の中から、対照的な思いが浮かんできた。

「おれ何もわかってなかったんや。」

何も話さない僕に、明日香は言った。

「嫌いになったわけじゃないの。ネットでも調べたんだけど、私の場合はそこまで重度のものではないみたい。」

今なら冷静に話を聞ける。明日香は続けた。

「あんちゃん無理してたでしょ。電話切る時に、毎回使う言葉とか。LINEの頻度とか、早さとか、内容とか。その優しさが少しきついというか、、、。もっと本当のあんちゃんが知りたい。もっと本当の姿でいてほしい。」

女性にここまで図星を指されたのは、生まれて初めてだった。

確かにそうだ。私生活では、自分を持って行動できていたはずだ。休学中の仕事では、寧ろ頑固すぎて先輩とよく言い争いをしていた。部活動の時も、何度か練習中に仲間と口論になったこともあった。

でもいざ好意を持った女性の前では、自分を良く見せようとしていた。好かれようとしていた。でもその言動は自己満足でしかなく、結果的に空回りしていた。

その後は、明日香の本音をありったけ聞いた。そしてその日の電話は終わった。



次の日の朝、こんなLINEが入っていた。

「気持ちが言えてスッキリした。ありがとう。」

その2日後には、こんなLINEが入っていた。

「これからも色んな壁にぶつかるやろうけど、納得行くまで話し合って2人で解決していこうね。」

その電話からというもの、僕の気持ちは軽くなった。

「もう無理せんで良い。もう演じんで良い。もう自分らしくおって良い。」

そんなことを浴槽で考えている時、僕は明日香との話を書き残すことを決めた。僕達が初めて出会った時のように、風呂場の温度は暖かくて心地よかった。


~終~

(あとがきあるよ)

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