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シナリオ⑨

第二章 大学

前回までのあらすじ

 高3の夏、友人のユウマと地元の図書館を訪れていた。ある日、図書館内で同じ高校に通うのんという女性に出会う。リアルで会うのは、今回が初めて。会った瞬間、僕はのんに一目惚れしてしまった。そして夏休み最後日、2人は付き合うことになる。4か月後、理由も分からずのんから別れを告げられる。そして3年後、LINEを受信する。そこには見覚えのある名前が記載されていた、、、、。

アンパンマンの顔<X

 のんからフラれて3年の月日が経つ。

 卒業式でさえあれだけの感情が湧き上がったが、しっかりと時間が解決してくれていた。

 大学に入学して、3か月もしないうちに新しい彼女ができ(その女性とは10か月ほどで別れてしまうのだが)、バイトと部活に明け暮れる毎日を送っていた。

 特に部活である野球への熱量はピカイチ。

 「最後の野球生活になる」

 その思いから、野球というスポーツにありったけの思いと時間を注いだ。

 一見充実しているように見える日常。しかし僕にとっての大学生活は、高校の延長線でしかなかった。

 そんな変わり映えのない毎日にも、運は順番に回ってくるものだ。

 

 大学3年の夏、所属する野球部は全国大会予選を戦っていた。この時期も、のんと出会った頃と同じ。外ではセミが大合唱を始めていた。

 その試合の帰り、携帯がLINEの通知を知らせる。

 帰りの車内で携帯画面に目をやる。そこには見覚えのある2文字が表示されていた。

 そう、そのLINEの送り主はのんであった。

 「夏休みの後半、そっちに帰ることになったんだ。良かったら会えない?」

 まさかの出来事だった。

 別れてから全くといって、話もしていない、連絡もとっていなかった元彼女からの連絡。

 人間とは面白い生き物だ。

 本当に予想だにしない出来事が目の前で起こると、一点を見つめ硬直してしまう。

 エイリアンを前にして足が一歩も動かず、ただその未確認生命体を凝視してしまう。そんなSF映画のような現象が、現実世界の人間にも起こるものなのだ。

 「どうしたん急に黙って。」 

 隣でハンドルを握っているケイタは、試合後の疲れと懸命に戦いながらも、僕のことを気にかけてくれた。

 僕は「今日の試合の反省をしていた」と嘘をつき、授業の話へと話題を変えた。

 既読をつけたまま、画面を閉じる。その場で返信する勇気も、体力も残っていなかった。

 人生で、あれだけアンパンマンの顔を欲した瞬間はない。

 授業の話で話題は広がらず、運転手ケイタは気晴らしに、車内BGMを手当たり次第に変えていく。

 ワイルドスピード、ロッキー、プライド、何度も激しい曲が流れては飛ばされていった。

 そんな中、ケイタの手を唯一止めた曲があった。

 

 GReeeeNである。

 個人的には早く飛ばして欲しかった。あれ以降、全く聴いておらず辛い思い出が蘇るからだ。

 しかし僕が乗車しているのはケイタの車であり、車内最高権力者はその運転手だ。

 勝手に歌を飛ばすだの、ボタンを押すだの気軽には行えなかった。

 そしてBGMはGReeeeN縛りに入る。

 「嫌よ嫌よも好きのうち」

 日本語にはこんな言葉がある。

 全く意味が分からなかったが、この時、車内でこの言葉を実体験として学んだ。

 歯医者さんたちの声、リズム、歌詞、音源を心が徐々に受け入れていく。そして最終的に1つの答えに行きついた。

 アンパンマンの顔なんて必要ない。

 僕にはGReeeeNがいる。歯医者さんたちが元気も、勇気もくれる。

 3年ぶりの感情であった。

 

 自宅の最寄り駅に到着し、ケイタの車を降りる。

 「ならまた明日。」

 彼はそう言って、アクセルを踏む。

 僕には、「後は自分次第ばい。早く返事しーね。」

 ケイタの言葉が、そんな風に聞こえていた。

 「GReeeeNとの再会」そんな、素晴らしいの場を設けてくれた1台の車が遠のいていく。

 それを確認した後、僕は携帯を手にとりLINEを開いた。






 「会おう。会って色々話したい。」

 無事返事を送る。その後の帰り道でも、僕の耳は歯医者さんにお世話になった。

 続く

 

 


 

 

 

 

 


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