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『花束みたいな恋』を終わらせた

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【 9/20(水) 】
〇〇くんから連絡があった。仕事の連絡から始まって思い出話なんてされてしまったもんだから閉じ込めてた気持ちが出てきちゃう。困った。

【 9/24(日) 】
洞爺湖最高だった。でも、本音をいえば〇〇くんと来たかった。おかしな話だけど前に二人で来たことがあるような感覚に近かった。ないのに。

【 9/26(火) 】
北菓楼のおかき、絶対すきだなって思ってお土産に買っちゃった。渡す?どうする?

【 10/3(火) 】
お土産渡せた。すごく勇気が必要だった。いかに自分が今まで受け身だったか痛感する。なんだかんだ30分近く雑談していた。バケーション休暇はまだ取ってなくて予定も決めてないらしい。彼女いないってこと?

【 10/10(火) 】
2年半経っても大好きなんだと認める。終わったものが今更どうにかなることはない。でも伝える。じゃないと前にも進めない。
うまく話せなくても彼なら全部気持ちを受け取って誠実に答えを返してくれるはず。
まさかこの年で初めて告白を経験することになろうとは思わなかった。

【 10/17(火) 】
だめもとで焼肉誘ってみたらOKが返ってきた。多分これが最初で最後のチャンス。絶対に言う。言葉を用意しすぎると失敗するから、今回持っていくのは「すき」だけにしよう。

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”行きつけの焼肉屋さん”に2人で行くのは3年ぶりだろうか。彼がいつぶりなのかは怖くて聞けなかった。

かつてよく頼んでいたメニューを中心に食べながら、お互いの近況を話すなどした。

車を買った、テニスをやってて大会にも出ている、自炊をするようになった、キャンプは時々続けている、9時には起きるようになったことなどを彼は話してくれた。
仕事も「元気にやれている」とのことだった。


わたしと付き合うようになってすぐ、彼は慣れない営業職に異動になりモラハラで徐々に心を壊していった。旅行やキャンプにはよく出かけたが、家で過ごす日は夕方まで寝ていて起きてもぐったりしていることも多かった。

彼はわたしといるときは活力がわくと言ったが、一方で当時の彼にとって30過ぎのわたしの人生は重荷だったと思う。
元気になってからすぐに別れてしまったので、本来の彼がどれだけアクティブなのか実はあまり知らない。



「わたしやっぱり〇〇くんが好きだよ」

家の前に停めてくれた車の中で、今日はありがとうのテンションのまま告げた。

別れたときからこの先恋愛はしないだろうなと思っていたこと。
実際その通り他の人を好きになれなかったこと。
もし誰かと一緒になっても、きっとあなたを忘れないだろうこと。
子供も結婚も今はどうでもいいけれど、おいしいものを食べたときや素敵な景色をみたときあなたの顔が浮かんでしまうこと。分かち合いたくなってしまうこと。

わたしは大事な話をすると涙が出る癖があるのだけど、今回は泣かずにきちんと言えた。

「何年経ってると思ってるの……」
「2年半」
「その間そんな風にずっと思ってたの……?」

せっかく泣かずに話せたのに、彼のほうが泣いていた。彼が泣いているところを見たのは、今回が3回目だろうか。

一度目はわたしが毎日彼の回復を神社に祈りに行ってると知ったとき。
二度目は別れることになったとき。
そして今日が三度目。

「誰かと幸せにやってると思ってた。そうなら知りたくないって気持ちも正直あったけど、それでも幸せでいてほしかった」

「こむぎちゃんは真っ当な幸せを得られるべき人だよ。俺は貰ってばかりだったから、今度はこむぎちゃんがいっぱい貰っていいはずなんだ……」

彼は泣きながら、わたしと別れた1年後に新しい彼女ができたこと、その彼女とは1年で別れたこと。今は新しい出会いを探そうと頑張っていて最近気になる人ができたことを教えてくれた。

わたしは多分あなたのことがずっとすきだから気が変わったらよろしくね、とおどけたら「だめ!それは絶対、だめなやつでしょ……!」と言い聞かせるように言って更に泣いてしまった。
好意に付けこまない、こういうところが、すき。

「どうしたら他の人をすきになれるのかな」

ポツリとこぼすと、「こむぎちゃんはいいところ探しが得意だし、相手のいいところを大切にできる人だからきっとまた誰かを好きになれる」と彼は言った。そんな風に思ってくれてたんだ。

「それでも多分、死ぬときに思い出すのは〇〇くんのことだと思う。大好きだったな、って思いながら死んでいくってわかるの」

なるべく湿っぽくならないようにえへへと笑って言ったけど彼は向こうを向いてしまった。
下唇を噛んで小さく震えているのが見えた。

ごめんね、呪いの言葉を吐いて。
こんな風に言われたらあなたも暫くはわたしのことが忘れられないよね。
でもこれは本当のことだし、なおかつ一番わたしの「すき」を表しているものなの。


「〇〇くんには幸せになってほしいと思ってる。いや、うそ。ちょっとやだな。2%くらいは思ってる」
「少ないなぁ」

すっと握手を求めたら応えてくれた。
薄くて大きな、カサついた手が懐かしかった。
すっぽり包まれるこの感じがしっくり来るのは、わたしだけかな。

「俺にとってこむぎちゃんは特別な人だよ。付き合ってきた人たちの中でも特別。一緒にいた時間も長かったし感覚も合うし、俺が辛い時期にずっとそばにいてくれた人だしこの先も特別だと思う。でもね、それは過去としての『特別』なの。前に進めるのは違うって思ってる」

彼は真っすぐ私の目をみて言った。
ぎゅうーって、手を握る力が強くなる。
まるで子どもに、そして自分に言い聞かせるみたいだった。
わかるよ。だってわたしの『特別』も前に進めるのは違うと思うから。


「ねえねえ」
「ん?」
「ハグしていい?」
「……!だめです!」
「えーいいじゃーん。外国では挨拶だよ?別れのハグです」
「俺たちは日本人だもん!」
「いいじゃーん、ねえ~」

何度もごねたら、「~~っ、もう!」と言いながらシートベルトを外してくれた。小さい声で「思い出しちゃうでしょうが……」と言いつつも抱きしめてくれた。

なるべく明るく努めていたわたしもたまらなくなって彼の肩口でわんわん泣いた。
彼も泣きながら、何かを確かめるかのようにわたしの背を強く抱きしめたり撫でたりした。懐かしいのに、あまりにしっくりきすぎるハグだった。
付き合い始めの頃「ぴったりなサイズ感だなぁ」と言っていたことを思い出した。

「……ちゃんと言う。気持ちは本当にうれしい。でもごめんなさい。応えることはできません。」

「俺のことは、忘れてください」

想像していた通り、正面から全部気持ちを受け取って、誠実に答えを返してくれた。こういうところがすきなんだ。
忘れられるかはわからないけど、わたしもちゃんと受け取った。

「うん。もう誘ったりしない。今日で最後」
「俺、ちゃんと振ったからね!もう俺なんかに、期待して生きたりしないでよね!」

「期待してたわけじゃなかったよ。ただね、『大好きだったよ』『今も大好きだよ』って言いたくなっちゃったの。墓場まで持っていくには、大きすぎる気持ちだったの」

こくこくと彼は頷いた。ボトボトと涙が落ちる。


「聞いてくれてありがとう。あのね、ごめんね。たぶん気にさせちゃったと思うんだけど、自分のことだけ考えて幸せになっていいからね」

彼はまたこくこくと頷いて、じっとわたしを見つめた。唇をきゅっと結んだ、決意の顔だった。

ここでこぼれた「幸せになって」は本心だった。心からそう言える自分になれたことが嬉しい。


車を降りて、見送ろうと立つ。
彼が涙を拭ったり鼻をかんだりするから発車はちょっとかかった。動き出した車に向かってわたしは笑顔で手を振ることができた。

前回の別れの時はお互いぐしゃぐしゃに泣いていたけれど、彼が昔わたしのことを「笑顔がかわいい人」と言っていたのを知っているから今回は笑顔で終わりたかった。

小さくなる車が角を曲がって、わたしの6年弱に渡る一世一代の恋が終わった。


家に帰ってお風呂を沸かす。いつも通りの日常を、淡々とこなす。今日も手帳を開く。

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【 10/19(木) 】
 あの人を好きになってよかった。

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