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「鳥むね肉」長距離飛翔を支える筋肉

カムチャッカから関西まで飛ぶ
全長40センチのユリカモメ

 比較的海が近い場所に住んでいるので、冬場はユリカモメ(Chroicocephalus ridibundus)を観察する機会が多くあります。夏場にはめっきり姿を現さないので、小さい頃は「どこにいるんだろう?」と疑問に思っていました。一部の鳥たちには渡りの習性がある。そうした知識と出合う、ずっと前の話です。

空を舞うユリカモメ

 紅を引いたような鮮やかな朱色のくちばしと、純白のドレスを思わせる翼で空を舞う姿から、『貴婦人』と評されている文面を目にした覚えがあります。その優雅なみて目に反し、遠く離れたロシアのカムチャッカからはるばるやってくる旅人でもあります。

 ユリカモメにアンテナを取り付け、渡りルートを調べるといった研究が国内で進められています。そのデータの一例によると、カムチャッカから北海道網走、宮城県を通り東京へ飛来しているそうです。東京には飛来せず、三重県や兵庫県といった関西圏まで飛ぶ個体もいるとのこと。全長40センチ程度の鳥が、これほどの長旅をしていると考えると、かなりタフな生き物であるように思えます。

1万2000キロもの空の旅
胸筋内の成分が渡りのカギ

 ユリカモメに限らず、多くの渡り鳥はその小さな体で長距離を飛んで移動します。なかでもオオソリハシシギ(Limosa lapponica)というシギの仲間は、11日間食事もせずに、ノンストップで北米のアラスカからニュージーランドまでの1万2000キロを飛び続けることが判明しました。これは鳥の飛行距離として最長記録です。
 なぜ、鳥にはこれほどの飛翔力があるのでしょうか。その秘密は、発達した胸筋にあります。鳥の胸筋は、翼を上げ下げにかかわるもっとも需要となるもので、翼の基部である上腕骨に連なる筋肉です。この胸肉には「イミダペプチド」と呼ばれる疲労回復成分が含まれており、活性酸素の発生による細胞へのダメージを軽減することができるそうです。

鳥むね肉。
255グラム186円(税別)で購入

「むね肉」=鳥の胸筋
鳥の底力を食で意識

 このイミダペプチドは、鳥の飛翔にかかわる成分ですので、じつはニワトリ(Gallus gallus domesticus)の胸肉にも多く含まれているとのこと。スーパーの精肉コーナーをみてみると、「牛むね肉」や「豚むね肉」といったお肉は販売されていません。一般的に「むね肉」と呼ばれるお肉は、ニワトリのものを指すでしょう。このことからも、鳥という生物がほ乳類と比べて、どれほど胸筋が発達されているかわかるでしょう。

ニワトリの骨格標本。
「恐竜博2019」(国立科学博物館開催)にて展示。
赤丸内が鳥むね肉となる箇所

 でも、なぜ、空を飛ばないはずニワトリも胸筋が発達しているのか、気になった人もいるかもしれません。それはニワトリが品種改良された家禽だからです。ニワトリの原種ともいうべきセキショクヤケイは、じつは大きな個体でも体重900グラム程度の小型の鳥類です。対してニワトリは、1400グラム程度。その30パーセンほどが胸筋にあたるそうです。こうした点からも、ニワトリがいかに食肉に適するよう改良されたかよくわかります。

 ニワトリは食べられるために生まれた鳥といっても過言ではありません。おいしくいただきながら、重力に抗うほどの力を得た生き物の底力を意識したいですね。

参考文献
・遠藤秀紀『ニワトリ 愛を独り占めした鳥』光文社新書 2010年
・川上和人『鳥肉以上、鳥学未満。』岩波書店 2019年
・杉坂学[監修]『色と大きさでわかる 野鳥観察図鑑』成美堂出版 2003年
・全国食肉事業共同組合連合会『お肉の食育Q&A』2023年
・「「むね肉」が最強! 最新研究でわかった”抗疲労成分”と体のメカニズム」週プレNEWS 2016年6月15日配信

・「アンテナ付きユリカモメ撮れた! 研究者を探してみると…」産経新聞2022年3月6日
https://www.sankei.com/article/20220306-NFPZUCFMZZPNVDH4WOO6OUNCBM/
・Newsweek日本版2020年10月19日配信
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/nz111200_1.php


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