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YouTuber『K』

「このチャンネルを見れば、あなたも100万に一人の市場価値を持つ人間になれる!」

起業家YouTuber『K』のチャンネルのキャッチフレーズだ。
『K』は、大学卒業後ITベンチャーを興し、様々な失敗を重ねながら一部上場を目指せる位置の会社を作り上げた。
32歳、くっきりとした顔立ちで、話は分かりやすく、声も良い。

チャンネル登録者数はもうすぐ100万人。
大学生や若手社会人が、チャンネルのターゲットだ。

『K』のチャンネルでは、自己啓発系の話がメインである。
"効果的な仕事の進め方" 
"仕事のパフォーマンスを上げるプライベートの過ごし方" 
"デキるやつが読んでいる本10冊" etc..
『K』自身の経験で練られた哲学を、脈々と語る。

私も、『K』のファンである。
私は関東の中堅私立大に入学。経営やマーケ、経理について学んだ。
就職活動は、不景気による買い手市場の時期にあたり、狙っていた東証一部企業は悉く不採用。現在は貿易系の企業で経理マンをしている。
現在32歳で年収500万。新卒で入った企業で10年目を迎え、人間関係も良好だ。

今の生活に不満は無い。
しかし、私は『もっとやれる人間』だ。
より大きな組織で、スケールの大きな仕事をして、年収を上げ、社会に貢献できるはずだ。

そんな私にとって、『K』のチャンネルは勉強になる。
彼の言う"持つべきマインド" "取るべきアクション" "目指すべきライフスタイル"は全て正しい。
こういった知見が、容易に手に入る現代は素晴らしい。これを見てない連中と比較すれば、既に私の市場価値は相対的に上がっている。これまでの経験と、手に入れた知見があれば、転職をしてステップアップも可能だし、独立も面白い。

最近は、妙な感染症が流行っていて会社の飲み会がなくなった。
まあ、会社の飲み会など、人生の生産性を低下させるだけのくだらないイベントなので、無くなって大歓迎だ。
しかし、私は同僚の『T』とは定期的に酒を酌み交わしている。『T』は私の同期で、同じ会社のシステム系部署に所属している。友人といって差し付けのない間柄だ。30歳を迎えた際に結婚をして、もうすぐ第一子が生まれる。

「これからの社会人人生、どう考えてる?」
私は『T』に問いを投げる。
「もうすぐ子ども生まれるし、しばらくは貯めるものを貯めつつ、大人しくするよ」
"志が低すぎる"と私は嘆いた。我々はこれからの社会を担い、未来の文化を作っていく世代なのに、守りに入っている…。
しかし、『T』は大切な友人だ。彼に思い直してほしく、私は続けた。
「確かに、家族が増えると現実的な作業が発生するよな。ところで、YouTuberで『K』って人がいるんだけど、俺たちと同い年でめちゃくちゃ成功してて。参考になる考え方とかアクションがあるから見てみなよ。」
そう、『K』の話の素晴らしいところは、"再現性が高い"という事だ。やろうと思えば誰でもできる。
そんな話をして、その日は我々は別れた。

『T』と二人で飲んで、1週間が過ぎた。
たまたまオフィスで『T』と出会うと、こんな話をしてくれた。
「この前紹介してくれた、『K』のYouTube、参考になるな!俺も影響受けて、お風呂浸かるようになったわ~。」
そうそう。『K』の話はとても価値があるのだ。アクションを積み上げて、他の社会人と差を広げていくのだ。嬉しそうに話す『T』を見て、私は良い事をした気分になった。

また1週間後、『T』から連絡が入った。
画面を開くと、"野菜だけが入った弁当箱"が10個以上並べられている。
「『K』のチャンネルから"午後のパフォーマンスをぶち上げる野菜弁当"。部署全員でハマり中」
そんなメッセージが送られてきた。
『K』がこんなに認知されるとは…。やはり私のアンテナは正しい。
「しかし、これでは皆のパフォーマンスが上がってしまうな…」
ほんの少しだけ、私は焦りを感じていた。

『K』のチャンネルは、登録者数100万人を超えた。
"若手インフルエンサー特集"という事で『K』が地上波に映るらしい。私は地上波は見ない主義なので、少し複雑な気分だが、地上波でもYouTubeと同じ話をするのだろう。

休日、私はアパレル大手のショップにTシャツを買いに来ていた。
『K』はそのショップの"白いTシャツ、ネイビーのジャケットとパンツ"といったスタイルを毎日している。当然、私も毎日そのスタイルだ。
Tシャツが少しよれてきたので、『K』のように5枚一度に購入して、現在の5枚のTシャツと入れ替えるのである。
しかし、珍しい事に、その店には白いTシャツが3枚しか置いていなかった。
「定番のTシャツでこれしか在庫を抱えていないなんて、予測能力が低いな…」
私は5枚同時に購入し入れ替えたいので、この日は何も買わなかった。

月曜日、私はいつものように7:30に始業できるようオフィスに向かっていた。7:30はオフィスに人が少なく、高い生産性の仕事が出来る。
オフィスに向かう途中『T』に出会った。
『T』は"白いTシャツ、ネイビーのジャケットとパンツ"というスタイルをしていた。
「お揃いじゃん!」
と『T』は嬉しそうに、そそくさとオフィスに向かっていった。

オフィスに入り、私は目を疑った。
男性社員が全員、白いTシャツ、ネイビーのジャケットとパンツを着ている。
これは、完全に『K』のスタイルだ。
地上波の影響だろうか、何故急にみんな着てきたのだろう。
そして、いつもより朝の出社率が高い。私の同世代の社員はほぼ出社している。
私は後輩に話しかけてみた。
「おはよう。今日は早いね。で、その服装さ…」
「おはようございます。あ、すんません。朝は生産性上げたいんで、昼にでも話しましょう」
後輩は笑顔でそう告げ、PCの画面に向かった。


「このチャンネルを見れば、あなたも100万人に一人の市場価値を持つ人間になれる!」
私は、誰よりも早く『K』のチャンネルを見ていた。
私は、誰よりも正確に『K』の思考と行動を取り入れていた。
私は、誰よりも深く『K』の事を理解していた。

私は、100万人に一人の市場価値を持つ事ができたのだろうか?