今日の哲学

今日は医学

人間は解決不可能な危機を目の前にすると病気の中に逃げ込む

以前書いた通り我々は限界状況と隣合わせにあり、それを見失ってしまうと様々な病気が発症する。

病気の中に逃げ込むことによって死を回避しているのだ。

精神疾患的症状が出れば、入院したりすれば死を回避することができる。正常な人間でも不安が起きるのは防衛本能だ。起きなければ逆に問題だが、以前書いた最優先事項(希望)が不安に対する抵抗力を生む。

ちなみに涙が流れるというのは自然な行為だ。

なかなか泣けない人もいる。辛いときあるいは嬉しいときが発生することによって涙が流れて感情が壊れないように防衛している。俺は悪に染まって辛いときばかり泣いていたが、一度だけうれし泣きをしたことがあって自分はもう悪い人間じゃないだなって思った。今はいじめられたりすると目に涙がたまる。他人の悲劇で涙するというのはあまりいいことではない。それはマスコミが成功者が失敗して騒ぎたてる暗黒のカタルシスである。ショーペンハウアー的に言うと音楽や詩の様に悪意から来る苦悩が中和されるのである。ちなみに男性でも女性でも子供の様に誰かの声真似をするのはその人に対する悪意がある証拠である。

ガンなどの病気になれば手術などによって死を回避できる。

病気でなくても頭痛や腹痛が起きるのは誰にでもある防衛本能であり、医者にかかって薬をもらえば生活が維持できる。というわけだ。

最後になぜ金と性やアイデンティティ追求が危険かと言うと、現代的に見れば精神科医などにもたれかかるという事態になるからだ。
精神科医は現状を悪化させないことしかできないからそれにもたれかかっているというのはあまり良いことではない。
医師と冷静に対話できるようになれば、あ、現状を悪化させないことしかできないということが明白になる。薬を出すということは現状を維持したいからだ。

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