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東京事変「音楽」

「老いも若いも多弁であれ」

事変がこれほど直接的にポリティカルだったことが今まであっただろうか。そう聞こえるのは、それとも、解散から9年が経ち高校生から社会人になった自分の環境の変化か―。WBSのタイアップ曲にしてアルバムのリードトラックの「緑酒」、曲のすばらしさやなによりも、東京事変そして椎名林檎は、事変がいなくなった世界を今日まで生き抜いてきた自分たちの労をねぎらい肯定してくれているかのような心強い曲だ。8年も活動が停止していたとは思えないほど、今の日本の状態を見事に描写している。事変はずっと自分たちのことを見てくれていたのだ。そう思うと、肩の荷が下りるような気さえする。

昨年復活するまでの8年間は「椎名林檎ソロ名義のバックバンドが事変」のように断片的にしか存在を確認できなかった。その上、まるでNirvanaやandymoriみたいに二度と見れない伝説のバンドかのように語られるようになった東京事変。しかし、このバンドはまだ実在する。そして、同じ世界で我々と同じように不平不満を感じながら生きている。スーパースターであり、自分たちと同じ人間でもある。そんなことがひしひしと伝わってくるアルバムだ。”起きしなから答えをずばっと出したいのに冴えている時間と言えば夜中の三時くらい”(銀河民)という歌詞が説得力を与えている。5人も日本に住む日本人だから当たりまえなのだが。

歌詞でもインタビューでも、椎名林檎は「若い世代」への思いを繰り返し言及している。3人の子供を持つ親として、また、オリンピックの開会式の制作にかかわった国を代表する第一線のアーティストとして、これからの日本の行先を憂いている。新宿の東西の出口を結ぶ地下通路が開通し、歌舞伎町にも西口のオフィス街の風が流れ込むようになった。物理的な障壁が取り除かれ便利になる一方で、コロナ禍で人々の間の分断はますます深まるばかり。かつての歌舞伎町の女王は、現役の親として、アーティストとして、今回のアルバムを通してこれからの日本について真剣に訴えている。8年という時を経て、赤坂プリンスなき紀尾井町の憂いは、渋谷・南平台の空地への出店を虎視眈々と狙う野心へと変わった。

緑酒のMVに登場するのは、埼玉の老舗の料亭。思わず唸ってしまうほどの5人の和装から滲み出る渋さ。特に、大河ドラマに登場する明治政府の要人さながらの師匠のダンディさは、キマりすぎていて初見で笑ってしまった。高そうな衣装と老舗の料亭。若いアーティストには到底マネできない威厳。「Z世代」という言葉が普及し「うっせえわ」や「香水」のような若い才能が次から次へと登場する現代のシーンの型にははまらない、大人の余裕を感じさせる。

「ロックの日に『音楽』をリリースする」こと。RADWIMPSもきっと挑戦しない正面からの言葉遊び、受け取るこちらが思わず赤面してしまうほどに清々しいメインストリームな姿勢。フラゲするワクワクや新宿の東南口でタワレコの袋を持つ人々を見かけて勝手に芽生える仲間意識、オフラインならではの高揚。同世代が一様に熱狂するバンドがいない今、10年前まで当たり前だった習慣は、「同志」を可視化し、駅の殺伐とした光景を「新譜を聞くために家路を急ぐ人たち」という希望のあるものにして見せた。

今回のアルバムのリリースに際して、椎名林檎が答えたウェブ記事のインタビューは2本。普段SNSで声を聞けないアーティストだからこそ、行間からも本人の気持ちを汲み取ろうと何度も読み返した。こういうアーティストにやってこそのインタビューだなと思った。

一方で、ストリーミングサービスが一般的になってから最初の大々的なアルバムのリリースとして、今回のプロモーションは最適だっただろうか。アレクサに話しかけると椎名林檎の声で応答してくれるキャンペーンなど、デジタルを活かしたものもあったが、長い企画会議の末に絞り出されたアイデアのようにも感じられる。もし、6月9日深夜零時から音源解禁と同時スタートのリスニングパーティーのようなイベントがあれば、事変の10年ぶりのアルバムを「再生装置」でありがたく拝聴している感が出てよかったのではと個人的に思う。

今回のアルバムのリリースをきっかけに、言うまでもなく事変ブームが再来したし、きっとそれは自分だけではないはず。『スポーツ』も『大発見』も10年前とは思えない素晴らしい曲ばかりだ。海外アーティスト不在の「日本の」夏フェスのメインステージに立つヘッドライナーとしての東京事変が見れたらどれだけよかっただろうか。

しかし、我々には東京事変がいる。だせぇ政治家が利権のために嘘を重ねるクソみたいな毎日も事変とともに堂々と胸張っていこうじゃないか。今週末は東京都議会議員選挙。「ペテンのない世の中」を作るためにまずはここから「若い世代」としての声をあげてこようと思う。

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