きれいごと

「世の中きれいごとだけではどうにもならない」

うんうん、分かるよ、分かる。理想だけでは生きていけないよね。
だけどさ、理想を持たなきゃいつまでたっても、現状変わらないんだよ。きれいごとうんぬん言う前に先ずは現状をきちんと把握すべきで、そこから何が問題か考えないと。

理想が語れず、現実ばかり見て自分の実力以上の事をしてみようってならない人は、矢印が外に向く傾向があると思うんだよね。「周りはこうだ」「環境が悪い」「誰々もそうしてる」言い訳のオンパレード。時には自分の主観を「一般的には」とすり替える。つまるところ、思考停止状態。

勘違いなプライドは自分を小さく見せる

「それが良い」と「それで良い」には大きな差がある。自分を満たす上で、必要悪はあっても良いと思う。そう言う意味でのきれいごとだけじゃって言うのは理解できる。完璧な人はいないからね、って言う意味で。
ただ、矢印が外にしか向かない、現実しか見ない、想像力を働かさない、出来る事しかしない、出来る事なのにやりもしない、それで「きれいごと」って言うのは違和感しかない。
時には虚勢を張ってでも前に出なきゃいけない時だってあるけど、行動と伴っていない虚勢は単なる勘違いのプライドなんじゃないかな?見透かされるプライドは、自分を小さく見せるマイナス要因だと思うんだよ。

逆にきれいごとしか言わないやつ

理想ばかり語り、それに伴った行動が出来ない人もいるよね。それはそれで問題で、信用を失い誰からも距離を置かれてしまう。さっきの話とは真逆のタイプではあるけど傾向は共通していて、やっぱり矢印が外に向く。たらればばかりが並び、自分で動く事をしていない。だから頭が働かない。ただ、ポジティブではあるから気付きがあれば変われる可能性もある。

説得力があれば「きれいごと」じゃなくなる

んじゃどうすりゃいいのか??そもそも、「きれいごと」って受け手側の感じ方に比重が大きいと思うんだよね。(散々言い訳オンパレードとか思考停止とか言ったくせに〜笑)伝える側は、掲げる理想に中身が伴う話をしないと説得力が無い、無いから表面的な話に聞こえ「きれいごと」が発動し、思考停止になる。
ならば!説得力をつければいい。中身が伴う、その理想ならと期待させる、そういう行動と言ってる事が限りなくマッチした言動にすれば、聞く耳を持つんじゃなかろうか?

聞く耳を持った時点で「きれいごと」と言うワードは無くなっているはず、多分…きっと…

それでも言ってくる人には何を言っても伝わらないし、改善の見込みは無いので、スパッと線を引き「きれいごと」うんぬん言われたら

「うるせぇー!おまえみたいに心が汚れてないんだよ!近寄んな!!!クズがあああ!!!」

と、嫌われる努力をしてみましょうね。

#生き方 #人間関係 #自己啓発

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