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与論のダンスと文化のせめぎあい

最近、与論島の文化について与論島出身の方からお話を伺う機会がありました。

鹿児島県奄美列島にある与論島は、元々土着信仰のシニグク(族長)をもてなす祭祀を行っていました。この信仰は700年前、1300年代にまで遡れるそうです。

その後、明治新政府の宗教政策により高千穂神社が建立され、それと同時にシニュグ祭の礼拝所が集約、「地主神社」(とこぬしじんじゃ)として編成されました。

昭和28年米軍の占領治下から日本国の統治に復帰。その後、高千穂神社は宗教法人登記をする一方、地主神社は、与論町が祭りに直接関与できるよう、宗教法人登記をしませんでした。

そのおかげで、地主神社の祭典には今も1000人以上の人が集まります。高千穂神社の祭典には人が集まらないそうです。(島の人口は約5千人)

これは靖国神社に総理大臣が玉ぐし(寄付)するのが政教分離に反するとして、長年問題になってきたことと同じ現象なのでしょう。(靖国神社玉ぐし訴訟)

そういった文化的・政治的背景もさることながら、私はその地主神社で毎年おこなわれている、無形民俗文化財の「十五夜踊り」の映像を見せられて、「おお!これすごいカッコいい!ラメルジー!?」とか一人で興奮していました。

忍者、黒いKKK(ブラック・クランズマン?)、ゲリラみたいにも見えます。伝説のグラフィティ・アーティスト、ラメルジーのようにも見えたりします。ちょっと見ちゃいけないモノみちゃった感じです。男か女かも分からない。

日の丸の扇が無かったら、内地から送られてきた施政官は生きた心地がしないでしょう。ダンスは元々、武士の型稽古から平和な時期に戦いの舞へと変わり舞踏になった、という話も聞いたことがあります。カポエラや太極拳などです。

昔の忍者は暗闇で仲間を識別するのに符牒(暗号)を使ったそうですが、こういう踊りの仕草も一種の符牒になるのかもしれません。

いつか現地で見てみたい踊りです。

参考資料
与論島 地主社報「とこぬし」第7号 平成17年5月15日発行
地主神社の宮司さんが書いたものです。





頂けるなら音楽ストリーミングサービスの費用に充てたいと思います。