大学職員だった時のハナシ 最終話
大学の基幹システムをゴリゴリに最新化した結果、予想外の場所から報復を受けることになる。
不興を買ったお金のハナシ
仮想化することによって、物理的なサーバの数が減ると年間で必要になってくる保守料も減ってくる。サーバは1台ごとにハードウェア保守料というものが発生するのだけれど、これが不要になる。この大学は単年会計の枠でIT予算が計上されており、保守料は1年契約で更新の都度払っていた。普通であれば3年間や5年間の縛りがあったりするんだけれど、仮想化にして物理機器から解き放たれてしまえばすぐに辞めるコトが出来る。NW機器にしてもハードウェア保守費用があって、これも新しい機器になったことで不要になった。
さらにシステム保守費用も安くなった。サーバやNW機器も込みで計上されていた費用がプログラムやソフトウェアに限定されることにより保守範囲が狭くなったため必然的にトータルのコストを圧縮することに成功。
なんだかんだ色々な費用が圧縮されて、初期に投じたコストは5年以内に回収できてしまうと目途が付いてしまった。これは完全に想定外だった。
仮に年1億円の保守費用が発生していたと定義すると、1年約4500万円程度まで圧縮できてしまったのである。実に55%以上のコスト圧縮である。民間企業なら、表彰されるレベルじゃないかなぁと。
理事会には金一封を貰えるぐらい褒められた。でも、大学という組織には全く歓迎されなかった。
この大学の部署間の主導権や派閥の力関係が、持っている予算の大きさで決まっているということを知らなかったのだ。圧縮してしまった金額によって部門の予算の額が減るどころか、その額がスライドされて、他の部門の予算が増えるということが発生してしまい、微妙な部署間の力関係に影響が出てしまった。理解がおいつかない。
虎の子供
自分に子供がいるとしよう。その子供が社会にでて、会社に入って仕事をし、何か協力できないか、とか考えてしまうのが親心。子供の会社がやっているサービスやモノなんかを優先して選んでみたり。
その子供がIT系の会社に入り、システムや機械を売っているとしよう。そして自分がそのシステムや機械を導入を検討し推進できる立場にあったとしよう。しかも、そのカネは消えモノである。
買っちまうんだよなぁ、バカ親だと。
値引きなど一切考慮せず、毎年高い保守費が必要なシステム。売上だけでそこそこの金額になり、5年ごとに発生するシステムの更新で保守期限切れとなった機械なども新品の最新モデルをお買い上げしてくれる安定的で計算できる見えている売上。
それが仮想化基盤が導入されることにより無くなってしまった。
費用が圧縮されるということは、誰かの売上が圧縮されるということである。費用が不要になるということは、誰かの売上がが無くなるということでもある。
虎の子供がベンダーとして出入りしていることを知らなかった我々は、虎の子供の予算を思いっきり削り倒してしまった。この虎の子、売り上げがよいという評判で出世頭だったらしい。その中核となる売上をオッサン達は知らずに消し飛ばしてしまった。来年には相当な額の機器購入費が発生する予定だったのにも関わらず仮想化基盤なんてものを導入したがためにその費用は発生しなくなった。しかも、虎の掌握している部門予算まで削ることになり派閥争いの力関係にまで影響がではじめた。
虎が吠え、暴れてしまうのも止む無し。
部長教授、散る
本当に何の変哲もない朝である。月末でもなく月初でもなく、本当に普通の平日だったと思う。学校システムの職員ポータルサイトに1つの通知が出た。昨日付で、部長教授退任。
は?
ギーク、散る
その次の日である。職員ポータルサイトにまた通知が出た。
昨日付で、ギーク退任。
は?
そして悪魔がやってきた
いなくなった部長教授に代わり新しい部長となるヒトが入って来た。虎の管轄する管理部門から送り込まれてきた元銀行屋である。この元銀行屋とは予算折衝の会議で何回も顔を合わせていた。口数の少ない大人しいヒトという印象しかなく、喫煙所で彼のことを聞いたら、学内評判は悪かった。
それでも、管理部門が上手く回ってるのはこの元銀行屋がいるからという噂があり、そんなもんなのかなぁ、ぐらいに思っていた。
その彼が自分の上司になって、噂じゃなくて本当のハナシだと理解した。
この元銀行屋、マジで仕事ができる。官民と色々なヒトを見てきたけれど、少なくとも学校法人なんかに居ていいような人材じゃない。抜群の事務処理能力と対外折衝能力の高さは見てて気持ちがいい。この学校法人がまともに運営できるのは屋台骨をこの元銀行屋が支えているからなんだろう。
社会人経験がろくにないアカデミックな部長教授やギークは、この元銀行屋にいいように手玉に取られたに違いない。もう結構昔のハナシにも関わらず部長教授やギークからはいまだに何が起こったのかを教えてくれない。
教員の退任には職員は関われないのがルールであるが、虎が教授会を握っていればハナシは違う。逆に職員の退職には教員は関わられないが、この元銀行屋が居ればやっぱりハナシが変わる。
その後、オッサンにも色々なコトがおこって。本当に色々なコトがおこって。まともな後ろ盾を失った一介の職員に過ぎないオッサンも大学を追われた。追われたという表現はかっこよすぎるな。
争いから降りた。ようは逃げた。
コロナ禍に入ったある日
リモートワークにも慣れてきて、お客さんとプロジェクトのWeb会議をしているとスマートフォンにメールが届いた。同僚だった職員からのメールだった。参加しているWeb会議はオッサンは喋る議案もなく、呼ばれただけで入っていたので、スマートフォンを操作して横目でメールを読んだ。
コロナ禍に入り大学で授業が出来なくなった。それでも、オッサンが計画して推進したオンライン授業のシステムが役にたっていて、混乱は最小限に抑えられている。こんな状況も想定して備えて計画してたオッサン凄い。
そうじゃない。そうじゃないんだよ。
オッサンは、大学や学生、授業のことなんて1ミリも考えてなくて、ただの暇つぶしで自分の知的好奇心を満足させることだけに全力を出して、そのために大切な学校予算を使ってしまっただけなんだよ。それがたまたまハマっただけで、本来は予算を私物化したと後ろ指をさされて糾弾されるべきことなんだよ。共通基盤システムを牛耳ることで得た特権と利権を最大限に自分のためだけに利用しただけなんだよ。
Web会議のマイクとカメラを切った。
悔しくて、嬉しくて、本当に悔しくて、後ろめたくて、とても満足で。
大学の中庭で日向ぼっこをした時以来、数年ぶりに泣いた。
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