#1

鉄塔に登り眼下に見えるは白花の群。
小さな白いあの花々はジャスミンのように香り立つ、それはまるで儚く可憐なか細い女性の指に見える。
ああ、あのようになりたかった。
私は鉄塔の頂上でグレゴリオ聖歌を歌う。
雲間から光が差し込み、それは神が地に突き刺した剣のようだ。
荘厳なるこの光景はどこか心地好く、懐かしい気持ちになった。

目が覚めると真夜中の3時半くらいだった。丁度良い時間だ。
4時になると分厚いコートを羽織り、煙草とライターをそのポケットに詰め込み、外に出かけた。
煙草はまだ吸っていないのに、吐く息は白く煙のようだ。
マンションの前の坂道を下ってすぐの小さな公園へ向かう。

砂場でスニーカーで足跡を好きなだけつけた後、ブランコに座って数回身体を揺らした。
私は生理痛が酷くてピルを長年飲んでいる。
煙草は辞めなければいけないが、どうしても辞められなかった。ニコチンに依存してはいないが、精神的に安心するから吸っているというやつだ。

20歳になったばかりの時、興味本位で買ったキャスター1ミリはふかすばかりで吸い方さえも知らなかったが、今ではしっかり肺に煙をぶち込む。
キャスターはこの世から名前が消えたけど、私はウィンストンなんてダサい名前は持ちたくないと、もっとダサい女子煙草を愛煙していた。
香りがつかない。口コミにはそう書いてあった。

香りがついてしまえばいい。
煙草嫌いな彼が思い出せばいい。
facebookからアカウントを消した彼とのメッセンジャーでのやり取りは残っている。
遡っては自分の媚びの振り方に苦笑いしては紫煙を吐き出す。
iPhone7片手にまたブランコを漕ぐと、風で煙草の灰が舞う。

彼女はいない。
好きなタイプは捨てない人。
彼もまた自分の価値を他人に置くタイプなのだろう。
夢で見たグレゴリオ聖歌を歌う。
夜の散歩は寂しくて悲しくて美しくて冒険だ。
ナイトサファリ。
出てくる獣は自分自身。

#文学 #小説 #私小説

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