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一日一鼓【1月】

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渋谷

スクランブル交差点

「a happy new year!!!」

その声も彼らが振り乱す髪も全てがスローだった。

こんな深夜に、こんな場所で。


なぜそんなにはしゃぐのか
何が「おめでとう」なのか
何が「よろしく」なのか。

分からなかった。

僕には、分からない。

何も特別じゃない。

大晦日なんて名前のつく昨日は
一昨日と何一つ変わらない一日だった。

元旦と名のつく今日はきっと来週と変わらない一日になるんだと思う。

僕は、24度目のこの日を
「ただの一日」として大切に、平凡に生きていく。

彼らみたいに、世界に新年のご挨拶はできない。

みんな、分かるんだろうか。

星空を見上げた時に受ける感銘とか

人が生まれる奇跡とか

人が亡くなる悲しさとか

もっと身近なことで言えば
そう、例えば好きな人から告白された時の喜び。

そういうことが分かる人は
例えばそれが「辛い」でも
それはつまり幸せなんじゃないだろうか。

面白そうな人って思ったけど、案外つまらない人。

そうやって
勝手に好きになって勝手に捨てていく女の人が
これまでに何人かいた。

人の感情が(人が考えることではなく文字通り感情が)
分からない僕にみんな一度は興味を持つ。

そのどこが「面白そう」で何が「つまらない」のだろうか。

非現実的な笑い声が漏れるテレビ。
正月の風物詩だ。

そこに、現実的な通知音。

「集合、竜楼、19時」

僕に対して特に何も思っていない(つまり僕にとっては居心地のいい)
“ご近所さん”からの招集だった。

竜楼…つまり今日は何かの相談事。

思考と荷物をまとめ、僕は家を出る。

身軽な(決してお洒落ではない)格好で向かう竜楼。いわゆる町中華。
聞かされるのは決まって上司の愚痴。

愚痴で今年が始まるのか
と暖簾をくぐる。が

いつもの席、彼の向かいには、女性。
どこから見ても同じ卓を囲んでいる。


女性絡みで竜楼
…今までにないシチュエーションだった。

聞けば、どうやら悩みの種は共に卓を囲むこの女性ではないらしい。

今日は

“一度も相談された覚えのない”彼の恋人との

結婚というハードルについての相談だった。

で、この女性は
“恋人の子供が通う保育園の先生且つ恋人の友人”だそうだ。


中華屋の卓を埋める小皿並みの情報量。

「子供がいて、夫がいなくて、仕事がある」

愛してしまったその女性と、かけがえのない彼女の宝
二つの命を預かるという覚悟と重み

その責任を果たせるかは分からない

「でも、俺めちゃくちゃ楽しみなんだよね」

そう語る彼を、僕は初対面の女性と共に眺めていた。

…変な時間だった。

一通り不安をまき散らし
けれども自分は幸せだと自己解決する。

そういう、付き合わせている人の身を考えない時間も
人間には必要なんだと思う(たまには)

でも

撒き散らす不満も不安も、その後に得る幸福も
幸福が壊される喪失感も何もかも

あれば厄介な感情が、僕は

「羨ましい」

一日一鼓【1月】 1/10-1/25

一日一鼓【1月】 1/10-1/25

0110

「何を迷ってるの?って、聞かなかったね」

ぼーっと、酔っ払った彼を乗せたタクシーを眺めていたら
彼女が声をかけてきた。
彼の“恋人の子供が通う保育園の先生且つ恋人の友人”である、彼女が。

あの人、何を迷ってたんだろう
楽しみなら踏み切ったらいいのに
そう思わない?
時間を無駄にしてるって、思わない?

0111

突然彼の人生においての同意を求められて戸惑ってしまった。

言い訳

もっとみる

彼に(おそらく出会って初めて)貰った機会。

彼女と話せる、この機会。


もう次はないかもしれない


そう思った。
そう思うような表情で向けられるその眼差しを受け止め、感じた。

胸の奥がざわつくのを。

これが

いや、これも感情なのですか?


ならばとてもうるさいですね

彼の胸が高鳴っているのを感じた。
彼の鼓動が、ざわめきが聞こえた気がした。

あの日は…初めて彼に会ったあの日は
もっと違ったはずだった。

“クラゲのような彼”という人間に
「“また”“やっと”会えた」
そう思った。

それが違っただけなのに
なのに何故か寂しいのは何故だろう。

_分からないんだ

そう呟いたあの人の悲しげな瞳と

_僕分からないんです

そう話した彼の寂しげな瞳が重なって

興味を持った。
厳密に言えば、興味が“また”生まれた。

クラゲのようなあの人が考えていたことを知りたくて
クラゲのような彼から誘われた“彼らの町中華”に出向いた。

_分からないんだ

そう呟いた彼の表情には確かに感情が宿っていたのに
あの時彼自身が感じていた痛みも
その痛みに締め付けられた私の心も
最初の夜、ワインを挟んで感じた人生の糸が絡まる感覚も

その全てをたった5文字に詰め込んで去っていた。

そんな過去なんて、言うつもりなかった。