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新作映画2021

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2021年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。コロナ禍の影響もあって新作公開が滞っているので、2019/2020/2021年製作の作品で自分が未見の作品ということにしま… もっと読む
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2021年 新作ベスト10

今年は修論執筆→社会人1年目という環境が激変した年で、様々な人間関係が広がったり繋がったり戻ったり切れたりした年でもあった。それは同時に映画を観る時間が大幅に減ることも意味しており、元来時間の使い方の下手くそな私には仕事終わりに映画を必ず一本観るなどという縛りなど機能せず…と言いたかったのだが、なんだかんだ去年の鑑賞本数を僅かながら上回ってしまった。東京国際映画祭の期間にガッツリ休める会社を探して選んだので、しっかり参加できたのも非常に助かった(おかげで続く一ヶ月はめっちゃ残

オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷

カンヌ・レーベル選出作品。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの生涯をファスビンダー映画に似せて撮った作品と聴けば、ミシェル・アザナヴィシウス『グッバイ・ゴダール!』の悪夢が脳裏をよぎるが、確かに味気なく淡々と進んでいく骨格そのものは似ているものの、全然違ったということは最初に書いておきたい。物語は1967年、22歳のファスビンダーがアンチテアターの舞台稽古でクルト・ラープと出会った場面から始まる。そして、37歳で亡くなるまでの愛の遍歴を、まるで彼の人生そのもののように、爆速

マティアス・ピニェイロ『Isabella』"尺には尺を"と紫の海

2020年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。これが初ピニェイロだが、過去作品のあらすじを読む限り、本作品でもいつも通りシェイクスピア 劇を現代に翻案して解体してくのをやっているようだ。今回は『尺には尺を』で、主人公はイサベラを演じる。冒頭で登場するマリエルは妊娠しているが、同じドレスを着たマリエルが登場する次のシーンでは妊娠しておらず、時系列がぐちゃぐちゃにかき乱されていることが分かる。また、同じに見えるが細部が微妙に異なるシーンや同じに見えるが演者が異なるシーンが

ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス

これは酷い。カンヌ・レーベル選出作品。映画監督でありソムリエでもあるノシターは、現在ではイタリアのボルセーナ湖近くに暮らし、有機農業を営んでいるらしい。そんな彼が荒廃した近未来の地球を舞台とした作品を思いついた際、"地球最後の人間は既に世界の終わりを垣間見たであろうアフリカ難民にしたい"として4年も掛けて主演を飾る人物を探し歩いたらしい。ようやく発見したKalipha Tourayはナミビアからの難民だったが、彼をイタリアに滞在させるには農業従事者か公務員としてビザを申請する

ダーシャ・ネクラソワ『The Scary of Sixty-First』ラストナイト・イン・ニューヨーク

これは酷い。2021年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ベラルーシ出身のダーシャ・ネクラソワによる長編デビュー作。彼女は2018年のSXSWでinfowarsの取材を受けた際、セーラー服を着ていたため"セーラー・ソシアリズム"という渾名を付けられたことで有名になった人物らしい。物語はニューヨークのマンションに引っ越してきた二人の女性を描いている。一等地にあるのに格安かつ居抜きで使っていいとのことで契約したものの、変なところに鏡が付いていたり、玄関が横並びで二つあった

ホン・ソンウン『おひとりさま族』都市における孤独な人々の肖像

ユ・ジナはクレジットカード会社のコールセンターで働くトップ社員である。しかし、マニュアル通りの返答をする仕事時間以外は誰とも喋らず、常にスマホ片手に動画を観ていて、昼食もぼっちで隣人付き合いもない。題名"孤独な者たち"が表すのは、現代社会に暮らす孤独な人々のことであり、ジナはその代表なのだ。しかし、興味深いのは、ジナが全くSNSを使わない人物だということだろう。この手の現代社会批評では、中途半端にSNSが登場して残念な印象を残すことが多いのだが、今回はばっさり切り捨てたようだ

濱口竜介『偶然と想像』偶然の先の想像を選び取ること

2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。同じ年に二つの作品を別々の映画祭のコンペに送り込んだ人物がこれまで何人いたか知らないが、取り敢えずその両方で主要賞を受賞した人物は限りなく少ないか初めてな気がする。ちなみに、同じ映画祭のコンペに作品を二つ送った監督は1968年カンヌ映画祭のヤンチョー・ミクローシュのみである(多分)。今年のベルリンにはもう一つ『Forest: I See You Everywhere』という短編集が選出されていて、少ないスタッフで短期間撮影というコロ

キリル・セレブレンニコフ『インフル病みのペトロフ家』エカテリンブルク版"ユリシーズ"的ファンタズマゴリア

大傑作。2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2018年に出版されたアンドレイ・サルニコフ『The Petrovs In and Around the Flu』の映画化作品。運営する劇場の公金横領(支援者によると事実無根)で逮捕されて再審の結果執行猶予付き罰金刑となったセレブレンニコフは、裁判の間の自宅軟禁を"パラレルライフ"と捉えて精力的に活動していた。朝から晩まで法廷にいて、夜は徹夜で撮影するというサイクルで本作品は完成したらしく、確かに思い返すと夜のシーンが多い。そ

セリーヌ・シアマ『秘密の森の、その向こう』一つの家二つの時間、小さなお母さんと私

超絶大傑作!2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。今年のベルリン映画祭コンペは例年と少々異なり、中々レベルの高い布陣だった。カンヌ常連の濱口竜介とセリーヌ・シアマのおおよそカンヌっぽくない作品を呼び、ホン・サンスやフリーガウフ・ベネデク、ラドゥ・ジュデといった常連も呼び、開催国枠としてもクオリティを維持できている作品を呼んでいる。審査員も過去金熊受賞者で固めたことで、半分が東欧の監督で占められ、西欧の監督はジャンフランコ・ロージ一人だけだった。俳優賞も性別ではなく主演と

アピチャッポン・ウィーラセタクン『MEMORIA メモリア』コロンビア、土地と自然の時間と記憶

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。前作『光りの墓』以降、監督は軍事政権下のタイでは映画を作らないと公言していており、本作品は確かにコロンビアを舞台としている。主人公はボゴダで入院する妹を見舞う蘭農家の女性ジェシカである。彼女は自分にしか聴こえない爆発音に悩まされており、身の回りでの不思議な現象に巻き込まれていく。爆発音に関して、知り合いのフアンを通して教え子で音響技師の青年エルナンを紹介してもらい、爆発音を再現してもらうことにする。エルナンはジェシカに自分のバンドを紹

ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する

カンヌ・レーベル選出作品。サム・スピーゲル映画テレビ学校を卒業したローゼンバーグは、イスラエル映画基金から助成金を得て、実業家の実父ナタン・ローゼンバーグを主演にしたコメディ『The Night Escape』を初長編映画として制作しようとしていた。両親は俳優ではなかったが、これまでも彼らを中心にした短編を撮っていたので、その延長で父親を主演にしたようだ。しかし、そのプリプロ中にナタンの末期癌が発覚し、1シーンも撮影できないまま亡くなってしまった。そこで、ダニは初長編を悩める

フリーガウフ・ベネデク『Forest: I See You Everywhere』明けない夜、変えられない出来事

大傑作。2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。本作品はフリーガウフの初期長編『Forest』の続編的な立ち位置にある。同作はハンガリー映画学校に入学できなかったフリーガウフが、完全に自主的な作品として製作したもので、顔や手などを超接写で切り取りながら会話を続けていく短編集である。顔すら画角に収まらないほど接写だった前作に比べると、本作品のクローズアップは控えめだが、それでも演者たちの身体は画角に収まりきらず、閉所恐怖症的な張り詰めた空間の中に漂っている。また、カメラは基

エニェディ・イルディコー『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』私の妻…を疑う私の物語

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。エニェディはこれまで私が見た中長編作品5つ全て(『私の20世紀』『Magic Hunter』『Tamas and Juli』『シモン・マグス』『心と体と』)がオールタイムベストに入るほど大好きな監督なんだが、そんな彼女が短いスパンで、しかも初の原作ありの時代劇に挑戦するとあって不安がいっぱいだった。そして、『私の20世紀』以来30年ぶりにカンヌ映画祭に(しかもコンペに)返り咲いた本作品は、終盤に上映され、賛否の見分けがつかないほど微妙

ブリュノ・デュモン『フランス』フランスのフランス、或いは俗物の聖人

大傑作。2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。直近のジャンヌ・ダルク二部作の原案となったシャルル・ペギーの別作品『この朝まだきに』から案を得た作品らしく、確かにワーキングタイトルは『On A Half Clear Morning』だった。本作品の主人公は国家の名前を冠したジャーナリストのフランス・ドゥ・ムールである。冒頭はいきなりエマニュエル・マクロンの記者会見に参加する彼女とそのアシスタントであり熱心な信奉者であるルーが描かれている。ちなみに、デュモンはこのシーンが本物