私はまだ何のゲームも作っていない

私はゲームが好きだった。いや、それは嘘だ。私がゲームを好きだったことなど一瞬もない。私はゲーム禁止の家に育ったのだから。ともかく、私はゲームに憧れていた。

そんな私が、ゲームを作りたいと思うようになるのは、とても自然なことだった。少なくとも、私にとってはとても自然だった。

きっかけがなんだったのかは、よく覚えていない。NHKのビットモンデュエルかもしれないし、姉が私を膝の上に乗せて演じてくれた即興のゲーム『イワンの冒険』だったかもしれない。おそらくはそんないろんなことが折り重なって、こねあげるようにして私の中のゲーム作りへの憧れは強くなっていった。

『チーとフーのおいしいえほん』というゲームを知っているだろうか?知らないという人も無理はない。このゲームは発売されていないのだから。

依然として家ではゲームソフトを買ってもらえない私には、ニンテンドーDSステーションで配信されるソフトは貴重なゲーム体験だった。多くは体験版のソフトで、序盤の序盤ができるくらいのものだったが、それでも繰り返し遊んだものだった。このソフトはそんなDSステーションで配信されたソフトのひとつだった。

内容は、触れる絵本といったところ。屋根裏に住む二匹のネズミ、チーとフーがうっかり台所に落ちてしまう。元のネズミ穴に帰るために、二匹はホットケーキの塔を作るのだった。そんなストーリーで、プレイヤーはページをめくり、卵を割り、ホットケーキを焼く。ゲームクリア後には、本当にホットケーキが焼けるレシピが表示されたりする。

さて、このゲームは先ほども言ったように発売されていない。このゲームは、“任天堂ゲームセミナーにおいて学生が作った作品”だった。「ゲームは学生でも作れる」。当時小学生だった私は、いつか自分がゲームを作れる学生になるんじゃないかと思った。

そんな私が、実際にゲーム作りに挑戦したのは中学3年生のことだった。

卒業制作のつもりだった。どうあれ、高校に進学すればこれまで一緒だった友人達と離れ離れになる。その前に思い出になるものを作れればいいと思った。

友人に何人か声をかけた。応じてくれたのは2人だった。

3人でゲームのアイデアを練った。作ろうとしたのはRPG。ゲームジャンルの王様だ。ツクールという、とてもメジャーなゲーム作成ソフトもあった。帰り道で、マクドナルドで、私たちは話し合った。火山、砂漠、永山、下水道を入れよう。ここで修行パートを入れよう。最終章で変調して、一転ホラーRPGに。まだLINEもなかったから、鍵付きの掲示板に集まって会議をした。

そしてようやくツクールを買った。3人で割り勘して、RPGツクールXPを。

私の家にはパソコンがなかったから、メンバーの1人の家が拠点になった。ようやく集まって、ソフトを起動する。そして気づいた

ゲームは作りたいけど別にマップは作りたくないんだよな、これが

7章構成の超大作RPGになるはずだったそれは、最初の村とゴブリンの巣を完成させること無く立ち消えた。エタったというやつである。

高校の間は、実はそれにまだ未練をだき続けていた。「せめてハッピーエンドを」と、その世界を舞台にした小説を書いた。書き上がったのは、高校を卒業するころだった。

再挑戦したのは大学に入った時だった。とうとう、ウチにパソコンが来たのだ!前回は、他人の家を拠点にしたのが敗因だった。今度こそは行けるはずだ。

高望みは捨てることにした。私には絵も書けないし音楽も作れない。だから、ファミコンよりずっと前の、文章だけで進むアドベンチャーゲームを作ることにした。

まずはストーリーを考えた。主人公は小学生の女の子、街全体が焼け落ちる火災の中で、謎の存在から時間を戻せる腕時計をもらい、時間を戻して火災を防ぐために冒険するという話だった。

『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』を目指したのだと思う。

さあ、選んだ言語はJavaScript、ブルーバックスを一冊買って、メモ帳ひとつでゲームを作ろう!『さくら荘のペットな彼女』の赤坂龍之介だって、「if文とfor文が書ければゲームは作れる」と言っていたのだし!

2シーンくらい作ったところで、バグで動かなくなった。

メモ帳で作ろうとするのが悪い。ちゃんとゲームエンジンを使わないと、と気づいたのが大学3年生。そこでUnityをダウンロードした。Unityは……って説明するまでもないか。一応説明すると、Unityは無料で使えるゲームエンジン。有名どころだとポケモンGOはUnityで作られている。他にも、FGOだったりマリオランだったり利用例は枚挙にいとまがない。

Unityを使ったゲーム作りは、私としては悪くなかった。Unityの教科書を写経して、ランゲームやブロック崩しを作った。無料で使えるゲームアセットもあったからUnityちゃんのモデルをダウンロードして使った。

ある程度習熟したところで、オリジナルのゲームを作ることにした。……オリジナル、ではないか。『星のカービィ64』のミニゲーム、『おちおちファイト』を記憶を頼りに目コピーすることにしたのだった。

一応、それは出来上がった。バグ挙動は多かったが、対戦して遊んで笑えるくらいにはなった。そこで、1人プレイモードを追加して完成にしようと思った。CPの思考ルーチンを考えるのは初めての事で、苦戦した。苦戦している間に母親と喧嘩になり、実家を出禁になった。(3年の最初に私は実家を出ていた)目コピー版『おちおちファイト』の開発はそれでおしまい。

出禁になってアパートで私は考えた。私は大学生にもなって自分のパソコンを持っていなかった。(どころか、スマホ・携帯を所持したのが20歳になってからだった)この状態で、どうやってゲームを作ろうか。

私はwebページのリンクを使ってゲームを作ることにした。1つの記事に2つのリンク、進んだリンク先によって物語の展開が変わる。私はそれをゲームブックだと言い張ることにした。

実際、ゲームの本質はインタラクティブネスだ。プレイヤーの介入で何か変化を起こすことができたなら、それはもう立派なゲームである。

それが、私がnoteを始めた一番の理由だった。たぶん、このリンク先のゲームブックが、私がきちんと完成させた唯一のゲームだ。

『ハロウィンにさよならを』

(ちなみに、このゲームは移植版である。元々はツイッターアカウントを使った作品だった。探せば今もあると思うけれど)

私は大学を卒業した。就職祝いに、ノートパソコンを買ってもらった。Unityをダウンロードした。

でも、ゲームは作っていない。友達の家に行かなくてもパソコンはあるのに。出禁にする母もいないのに。いくらでもUnityの教科書が買える財力があるのに。土日はちゃんと休みなのに。

私はゲームを作れない。作りたいゲームもない。

今は、ゆっくりしたいだけだ。


追伸:『ハロウィンにさよならを』、面白いと思ったら絵をつけてくれないですか?報酬は応相談

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
8

こちらでもピックアップされています

私がゲームと
私がゲームと
  • 6本
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。