20240715

 ベンハミン・ラバトゥッツ『恐るべき緑』(松本健二訳、白水社)を読んだ。2022年ブッカー賞国際部門で最終候補になったオランダ生まれのチリ作家による話題作。実在した科学者、物理学者、数学者を題材に事実を基にフィクションをない交ぜにした、少しわたしたちが想像する小説とは趣きの違う短編集。中でも白眉なのは、第二次大戦末期にナチス高官らが所持した青酸カリと、西欧近代の青色顔料の歴史、第一次大戦の塹壕戦で用いられた毒ガス兵器の開発者フリッツ・ハーバーの史実が交錯する「プルシアン・ブルー」。あとがきでたったの「一行だけフィクションを紛れ込ませた」と明かす作者の言を読み、ほぼ史実を切り貼りし、繋げただけでこれほど物語性を帯びるというのは正直驚きである。訳者の松本氏が述べるところによると後半に行くにしたがってフィクション性が増していく並びで、それにしても最後の「エピローグ 夜の庭師」は作者とおぼしき人物による語りで元数学者の庭師の話を聞くという形でエッセイっぽい要素もありつつ印象的だった。

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