20230913

 遅ればせながら映画『バービー』をTOHO渋谷で観た。水曜日は「TOHOウェンズデイ」で安く観られることもあってか、公開から一ヶ月余り経ってそろそろ上映期間も終わるからか、それなりに人が入っていた。そして圧倒的に女性の観客が多かった。フェミニズムの文脈で捉えられ、米国で『オッペンハイマー』と同時期に大ヒットを記録し〝Barbenheimer〟とその現象を称したことが原爆を揶揄するとして、日本で批判されたことももう忘れられている。グレタ・ガーウィグ監督は『レディ・バード』を面白く観ていたので気になっていた。彼女の主演映画『フランシス・ハ』も素晴らしい映画だった。端的に言って、批評的に優れていたと思う。創作物としてはとても中途半端な印象を受けた。「バービーランド」という女性中心社会で毎日女性特権を享受して暮らすバービーを演じたマーゴット・ロビーは、まさにピッタリなハマり役だったと思う。個人的には〝変てこバービー〟役のケイト・マッキノンがとても良かった。ライアン・ゴズリング演じるケンが現実世界から戻り、〝Kendom〟を築き上げた際にバービーに非難されて、これまでの不満を吐露する場面にはグッときた。バービーランドという場所はそのまま現実での男性中心社会の反面的世界になっていて、そこでぞんざいに扱われるケンの叫びはまさに現実社会における女性たちの叫びそのものだからだ。そういう意味で、フェミニズムの自己批判的な側面も持っている。問題はやはりラストにあったと思う。バービーは人間になることを選び、その前にバービーの生みの親であるルース・ハンドラー(リー・パールマン)が現実世界のイメージを見せる。それがことごとく子どもをあやす母親からの視点になっているのだ。そして、バービーはロスアンゼルスで婦人科に真っ先に赴く。そこで映画は終わる。彼女が女性として現実で生きることを決意したことはいい。でも、そこには死や老いや暴力もある。そういったものがことごとく排除されたバービーランドはだから楽園たりえた。しかし、現実は違う。それをただ母と娘の話にしてしまったという点で創作のカタルシスやダイナミズムを失っている気がしてならない。

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