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仮想建築探訪①

空港から約2時間のドライブを経て、ようやくたどり着いたのは目当ての建物でなく、前泊のためのモーテルであった。初めてのモーテルに若干、戸惑いながらも受付を探し、チェックインをお願いしたが、受付のお姉さんは慣れた様子で、「これが鍵。チェックアウトは9時ですから。」と素っ気ない様子であった。モーテルは道路から入ってすぐの駐車場を中心にL字型に建物配置されている片廊下型の2階建である。広めの廊下にはベンチや簡易な机が出ており、先に到着している宿泊者たちは、各自が思い思いの時間を過ごしていた。「こんにちわ。どこから来たんですか。」といった程度の簡単な挨拶も旅の楽しさの演出だと感じながら、部屋に入った。映画の中でのモーテルは、汚くて水だけシャワーの印象であり、その印象が強かったため、もっと簡易な宿泊施設を想像していた。そのため、ハードルはかなり下がっていた様だ。実際の部屋はベッドから水回りまで、十分な設えであった。「よし、ご飯にしよう。」と、荷物を置いた二人の意見は一致していた。夜ご飯には時間があったが、周囲の散策も兼ねて外に出た。「ここまで山奥だと、空気がきれいな感じがする。」そう妻に言われて、ようやく深呼吸できる程度には落ち着いたようだ。日本でも慣れない車の運転を海外で運転したのだから、無理もないかと思った。夏真っ盛りというのに、山奥の空気がキリッと冷たく感じるのは、ここが人里離れた場所であるということだけでなく、その建物を目的に集まったであろう人々の期待感やある種の緊張感のようなものもあるのかもしれない。何てことを考えていると、そこに良さげなお店があった。カランコロン。一軒だけ空いていたピザ屋に入った。日本で言うところのいわゆる近所のそば屋的な役割のお店ではないかと感じたが、それも旅の楽しみなので、流れに任せて、おばちゃんにピザを注文する。飲み物はセルフサービスのようだ。お店の手伝い中と思われる二人の子供も勝手に飲んでいる様子である。こんな山奥で何も食べられないかもしれないと心配していた反動からか、ピザの味は格別であった。翌朝の見学は朝8時集合なので、その日は早めの就寝となった。見学は予約制で現地ツアーが組まれているのだ。遅れたらキャンセルになってしまうパターンのやつなのか、と心配しながらの就寝であった。翌朝は早めに目が覚めた。正に遠足の前日ってやつだった。あまり寝られなかったが、朝方にフッと起きてからは、昨夜の心配事も手伝って、二度寝防止で起きることにした。妻も同じような気持ちだったようなので、朝の散歩も兼ねて、朝食を取れる店を探しに出ることにした。夜は分からなかったが、明るい中で散策してみると、近くでもちらほらお店もやっている様子であった。散歩中には道沿いに紫陽花に似た花が咲き乱れており、旅の雰囲気を一層盛り上げていた。朝食はテラスのあるベーグルサンドの店に入った。人気店のようで、早朝から混雑していた。サイクリング仲間であろうお姉さん方の集団もあり、お店としては、かなり賑わっていると言っていい。「ここ当たりだね。美味しい!」自分が思うより先に妻が言った。こんな山奥でこれだけのクオリティは正直不思議だった。スープもメニューにあったが、時間がかかりそうなので、ベーグルだけにしたことが悔やまれる。店を後にして、部屋に戻り、バタバタと出発の準備を始めた。「後は忘れ物ないね!」ここで忘れたら戻ってくることはできないことと、自分の元からの心配性が出た。

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建物の入口駐車場は既にある程度埋まっていた。日本からホームページで予約した時には分からなかったが、自分たちより前の時間にもツアーはあるらしい。受付はオープンな屋根だけの設えにギャラリーが併設されている形であるため、受付だけ済ませて、そこで待つことにした。目当ての建物の見学前にザッと予習できるのもまた、嬉しいものだ。建設前の状況から建設中の写真なども展示があり、本やネットからだけではたどり着くことが難しい現地ならではの情報などもあり、早くも興奮していた。インターネットで何でも調べることができる時代にもやはり現地だからこその楽しみ方を提案するのは、これからの時代の売りの一つであろう、なんて考えているうちに自分たちのグループ番号が呼ばれた。「Gグループの方々〜、集合してくださーい。」集まったのは多国籍で8名程度。フランス、韓国、アメリカ、日本から集まったグループとなった。前のグループの出発からある程度の時間をあけて、次のグループが出発する決まりであった様で、更に少しの待ち時間があった。ガイドの女性の方はこの建物と設計した建築家に相当詳しい様で、待ち時間にも話が始まっていた。ようやく時間となった。そこから更に山奥に入っていくことになるが、道すがら、ガイドの女性が親切に建築家や建主の人柄や、建築家のコンセプトなどを親切に説明してくれた。建築を通して、土地と施主に固有の解を提示するのが、この建築家のポリシーの様だ。

更にしばらく歩くと小川が見えてきた。「この小川を超えたところです。」とガイドの女性が言ったのが先か、見えたのが先か、建物がようやく姿を表してきた。本などで見る角度とは異なることもあるが、やはり実物の印象は本や写真集からとは大きく異なるものだ。「素晴らしい。」思わず息を飲んだ。朝の太陽が木々の間から見えがくれしており、さしずめ木漏れ日が印象的なライトアップ演出をしている様であった。印象が異なったと感じた大きなポイントとしては、スケール感だと思う。写真でもそのプロポーションやバランスが素晴らしいのだが、コンクリートテラスの量塊が大きく、もう少し大きなスケール感を想像していた。しかし、実はそのコンクリートのボリュームも人に近いところでは分設されていて、しかも石貼とコンクリートがうまく仕上げ材として使い分けられていることも一因ではないかと想像した。また、手すりの端部を丸めていることで、建物からの印象が優しく、使う人や周囲の環境に馴染むように演出されていると感じた。これは色使いにも当てはまる。白ではなく、優しいクリーム色をコンクリートに使用することで、周囲の木々との調和が図られており、日本などでは黒色などに逃げがちな建具の色はワインレッドの様な渋い赤色を採用することで、調和を取りながらもアクセント的な引き締めを図っていると想像される。よく見られる有名な写真よりもこちらの方が、建物の良い部分が取れているのではないかと陶酔しながら写真を1枚撮影した。

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エントランスは小川を渡ったのち、少しだけ回り込んでその裏側から入る形である。そのまま奥へ進むとゲストハウスにも繋がるが、先に本宅から見学するルートになっている。エントランスに至る手前にパーゴラの下を通っていくのだが、そのパーゴラが実はこの建物の構造上の重要な部分を担っていることがわかったのは、帰りの道中であった。エントランスは建物スケールに比べて、かなり小さくまとめられており、前のグループが詰まってしまう様な格好となっていたため、先に奥側にあるキッチンからの見学となった。早速であるがこの建築の特徴である自然との融合が現れている。なんと自然の岩がそのまま室内にまで現れているのである。圧倒的な存在感と自然感。これは現地で感じないと分からないかもしれないが、室内にある自然岩の対比は想像以上のインパクトがあり、またそれがうまく利用されているため、インテリアとしても申し分ない形で収まっているのが、素直にすごいと感じる。別荘であることも、このような手法が採用可能な理由であろうと考えられる。テラス下の空間には現在の職員さんが休憩室として利用している部屋があるが、このスケール感もなんとも言えずちょうど良く快適である。自然岩の露出した壁面を背に十分な正面の開口が外の環境を大きく取り込んでいる。

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ところで、ようやく前のグループが終わったらしい。メインのリビングに入れる様だ。小さく暗い印象のエントランスから数段の階段を上った先には、爽やかな緑が印象的に映る大きなリビングがあり、その大開口から、森の中の爽やかな光と風が室内に届けられている。天井が抑えめで、照明も控えめであったため、周囲の明るい緑がより強く意識される空間となっている。大きなリビングは仕事のスペース、作り付けソファのあるくつろぐスペース、ダイニングのスペースが一体空間にうまくレイアウトされており、家族やゲストの距離感をうまく調節できる様な一体空間に仕上がっていた。その調整にはプランニングの妙だけでなく、自然光の取り込み方や、柱や壁をうまく利用していることもあるだろうと思われる。仕事のスペースはそれこそ柱一本で区切られているが、他のスペースとの距離感・関係性といったものをその柱が調整してくれている。また、リビングの1つの正面性・中心性を担っているのが暖炉であるが、これも驚きが詰まっていた。まず驚いたのは初めてワインを暖炉で温めて楽しむという習慣があるということである。そのための専用器具として、暖炉脇に球型鉄製赤色の物体が吊られていた。これにワインを入れて暖炉の火にくべるのだそうだ。温まるのを談笑しながら、待つことも楽しみの一つらしい。もう一つの驚きは、この建築としての特徴でもあるのだが、暖炉からはみ出す形で、その床面に大きく自然岩が盛り上がっていることである。建物建設前から正にそこにあった巨岩をそのまま利用した格好であり、その迫力が凄まじい。

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ダイニング周囲の壁面には、食器や各種の装飾品を陳列できる棚が設けられており、ダイニング利用時だけでなく、リビングの装飾棚としても機能していることにより、このリビング空間全体としても効果的に作用していると思われる。また、ガイドさんの説明によると、ゲストが多い時にはこのダイニングテーブルを拡張できる様、中央のあたりが開けられている様だ。流石に計画に隙がない。

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このリビング最大の仕掛けがあるということで、グループ全員が1箇所に集められた。「この扉を開くと、どうでしょう。素晴らしいことに、川の音が聞こえてくるのです。夏場であれば、涼しい川の空気も流れ込んでもきます。」参加者はその説明を確かめるかの様に一旦静かになる。当日は少しの雨が降っていたためか、水の音はハッキリとした音量を持って、室内に流れ込んできた。「おーーー。」と小さくも確かな歓声が上がる。ガイドさんは得意げであった。「ここから川に降りることもできますが、今は立ち入り禁止です。」入って良いか尋ねる前に釘を刺された。

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テラスにも出て外の空気を存分に楽しんだら、次は上階へと案内された。この階段も自然岩をくりぬいた様な意匠であるため、靴で歩いていても確かな感触を感じることができる。階段の役割としては、部屋と部屋との通過動線に過ぎないが、先ほどの広いリビングと対照的に狭い通路幅が次への期待感を煽る様な計画にもなっていると感じる。また、奥性を感じるプランニングや、小さくはあるが吹き抜けがそこに組み合わさることで、狭さを感じさせるのではなく、空間の抜け感や期待感といったものを高める演出をしているのであろう。

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2階には3室のベッドルームがある。1室はそれほど大きくない空間であるが、天井高に変化が加えられてある。ガイドさんに質問してみると、「外部の窓側の天井が低くなっていることによって、人と外部の自然の距離感が縮まることを期待していた様だ。」との回答があった。確かにそんな気もする。。。がこれは実際のところ、両方ある。高くする場合もあれば、低くする場合もあるのだ。但し、平坦であることはない。回答をもらった後、頭の中ではその様な個人的結論に至っていた。

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更に上の階には主寝室のみがある。室内からの眺めは川の下流方向に向いているため、必然木々もその方向には開けている様な状況であり、川に沿って、森の奥の方まで眺望を楽しむことができる。なんとも憎らしい演出ではないかと思った。実はこの建築に関しては、一般的には川の上に掛かるテラスが良く話題に上がるのだが、それはある種のパワーワードとして話題になっているだけであり、その実、このような眺望の取り方や外部への開き方に加え、室内の細かなスケール感の機微がこの住宅を傑作たらしめていると感じている。その実例の一つとして、この部屋の開口部(ガラス)はファサードとしても印象的なカーテンウォール(*1)の一部であるのだが、その特徴は、コーナーに観音開きの召し合わせ部があり、開けると想像できなかった様な開放感を得られることにある。最近の建築であれば、大判のガラスを(無分別に!)入れてしまいそうなところであるが、寝室という部屋のスケール感、外からの印象がうまく検討された上での、ガラス割りであると考えられる。また、机より窓の開閉を重要と考え、あえてかどうか、机をその窓の軌道に合わせて切り込んでいる。素人設計であれば、すぐ怒られそうな形であるが、もはやこうなると、ここから何が考えらえるかを試されているのではないかとも感じてしまう。(*1:カーテンウォールは構造を担っていない、壁のことで、良くある事例としては、ガラスの壁が階をまたいでファサードに現れている場合などにその様に呼ばれる。)

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ここでガイドさんからまたもや声がかかる。「続いてはゲストハウスへ移動します。廊下にいる方から、順番に先に階段を降りてくださーい。」「エッ。ゲストハウス?」恥ずかしながら、ゲストハウスがあることを知らなかったのだ。そんな顔を隠しながら、グループに混ざって移動を開始する。ガイドさんがわざわざ順番にと念を押したのも、無理はなく、この住宅は通路部が狭く(住宅スケールで)設定されているため、移動は順番に列を作って移動しないとできない広さなのだ。ガイド経験が長いからできる親切な案内である。一行はメインの建物からブリッジを渡り、ゲストハウスへ移動する。屋根伝いに石段を登る形になっており、柔らかにゲストを迎え入れる様な構成になっている。石積みの腰壁も石段に併設するのだが、森の木々の葉の部分(綺麗な部分)のみを見せるようなフレーミングの効果もありそうである。さて、ゲストハウスであるが、もちろんこの森の風景を存分に楽しむことができる大きな開口が設けられており、ソファに座ってゆっくりとその木々の揺れる情景や水や風の音が飛び込んでくる様な作りになっている。室内には装飾品も多いのだが、印象的なのはこの建築主が愛したと言われる日本の浮世絵が壁に飾られていたことである。この建物の設計者が来日した際に大量に購入したらしい。

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帰り道は現在、事務所として利用されている建物を通過して、メインの建物の上流から戻る様な経路を通る。あまり見慣れない建物の裏側が見れるので、楽しいものだ。ここで最初に話題にあった構造が初めてその姿を現した。この建築の主たる構成であるキャンチレバーテラスを支える構造が既存の岩の中に固定されている様子が良くわかる。この当時に良くこの構造でGoをかけたものだと改めて思う。現在的な日本人的な感覚としては心配になりそうにもあるのであるが、これが成立しなければ、この建築の1番の見せ場もできていない訳で、裏方エンジニアリングに当たる部分への労力も相当であったろうと想像する。

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ガイドさんの案内はここまでであった。「有名なフォトスポットはあちらにあります。今日は来てくださってありがとう。楽しかったわ。また、この施設は皆さんの寄付や土産品の購入資金で賄われていますので、ぜひお土産も見て帰ってください。」と言われて、皆解散となった。フォトスポットからの写真はやはり映える!自然の中でテラスがスーッと伸びやかに飛び出しており、その構成美だけでも美しいと感じる。しかし、現地で見るとそのスケール感は意外なほどにヒューマンスケールというか、日本人でもちょうど良いかちょっと小さくも感じてしまうくらいの印象であったことは意外であった。アメリカ人なら天井が低いだの、廊下が狭いだのと言わなかったのだろうかとも、心配になるくらいである。天井高が高いことが豪華さを演出する重要な役割でもあった時代に、これほどまでギリギリを狙い、そのギリギリだからこそ、外への空間の流れや視線の誘導などが、より効いていると思われる。その意味でもこれほどまでに自然との融合を図った建築も他に類を見ないのではないかと感想を持ったところで、今回の仮装建築探訪は終了である。

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仮想的に実際に行った気になれる様に体験重視で小説風にまとめてみた。実は建物名称や設計者など建物が特定できるワードは避けていたのであるが、読者の方はこの建物が何か分かったであろうか。写真はふんだんに載せたので、建築に興味のある方なら分かったのではないか。アメリカのペンシルバニア州にある落水荘である。設計はフランク・ロイド・ライト。1936年竣工で、現在は世界遺産にも登録されている。世界一美しい住宅とも評されている。

#建築 #モノ #スケール #おさまり


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