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やる気が低下する「ポストランチ・ディップ」とは?


今回は、歴史上、天才的なクリエイティビティ(Big C)を発揮した偉人たちの生活習慣の中で重要な役割を果たした「散歩」に焦点を当てたいと思います。天才たちの多くは、午前中に集中して執筆や作曲、描画などの仕事をした後、ランチをとってから、午後の時間は散歩に出ることが多かったようです。その事例は後ほど紹介するとして、なぜ、午後イチの仕事を避けたのでしょうか?

前夜きちんと睡眠をとっていても、午後の早い時間帯に眠気やだるさに襲われ、仕事のパフォーマンスが低下する現象を「ポストランチ・ディップ」あるいは「アフターヌーン・ディップ」といい、この時間帯には、作業ミスや居眠りによる事故などが発生しやすいことがわかっています。

この「ポストランチ・ディップ」が起きる時間帯ですが、起床からおよそ7〜8時間後、つまり、正午から午後2時頃に該当します(ただし、その人が朝型か夜型によって変わります)。この現象は単に昼食を食べた影響によるものではなく、もともと人間が持っている生体リズムによるものだと考えられています。

私の会社(WINフロンティア社)では、某大手総合建設会社の社員を対象に、リストバンド型センサで心拍変動データを取得し、時間帯ごとの集中度を算出したところ、この「ポストランチ・ディップ」に相当する時間帯に集中度が大きく低下する傾向がはっきりと確認できました。

この「ポストランチ・ディップ」の時間帯の集中度の低下を避け、活性度を取り戻すために有効な手段の一つが散歩です。歴史上の天才たちは、無意識にこの「ポストランチ・ディップ」を避けるために散歩に出かけたのかもしれません。そして、散歩には、クリエイティビティを高めてくれる効果があることもわかってきました。


散歩とクリエイティビティ


米スタンフォード大学教育学部のマリリー・オペッツォ博士らは、大学生48名を対象に、座っている状態と、(トレッドミル上で)ウォーキングをしている状態で、拡散的思考(アイデアを考えるときの思考)収束的思考(結論を導くときの思考)を測定するテストを行い、どちらが効果的かを調べました。

その結果、座っている時よりも、ウォーキングしている時の方が、拡散的思考が高まることがわかりました。全48人の参加者のうち、80%以上の参加者の拡散的思考が、ウォーキング時に向上したのです。つまり、ユニークなアイデアをたくさん出せるようになったということですね。

さらに、ウォーキング中のみならず、ウォーキングの後でも、この拡散的思考力が高まる効果が残っていることもわかりました。

上述の「ポストランチ・ディップ」による集中度の低下と、ウォーキングによる拡散的思考力の向上効果を併せて考えると、ランチ後に散歩するライフスタイルはクリエイティビティを高めるのに最適と考えられます。歴史上、天才的なクリエイティビティ(Big C)を発揮した偉人たちは、この午後の散歩、しかも、かなり長時間の散歩を有効に活用し、歴史に残る成果を生み出しことが窺えますので、次に、何人かの天才の事例を紹介します。


天才は長い散歩を好む!?


歴史に残るクリエイティブな仕事をした天才たちの日常生活を垣間見るのに最適な本があります。

天才たちの日課 クリエイティブな人の必ずしもクリエイティブでない日々』(メイソン・カリー著)という本です。

この本では、歴史に名を残した著名な作家、芸術家、音楽家、思想家、学者など161人の天才をとりあげ、かなり細かい生活習慣(起床・就寝時間、食事時間、集中して仕事をする時間帯、人付き合い、酒・たばこの嗜みなど)が記述されています。

例えば、作曲家のシューベルト(1797-1826)は、毎朝6時に起きて机に座り、午後1時までぶっ通しで作曲し、午後にはウィーン郊外の田園地帯へ長い散歩に出かけたようです。その後、ビールやワインを1杯、友人と一緒に楽しむのが習慣だったようです。

イギリスの小説家、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)は、午前7時に起床し、8時に朝食をとり、9時に書斎(防音のために二重の扉がつけられていた)に入って、午後2時まで執筆活動に集中したようです。そして、午後2時になると机を離れ、3時間という長時間の散歩に出かけるのが日課だったようです。ロンドン郊外の田舎道などをひたすら歩き、物語の土台になりそうな光景を探したそうです。

進化論を唱えたダーウィン(1809-1882)は、午前8時から90分間集中して仕事をし、休憩を挟んで、午前10時半から12時頃までさらに仕事をし、その日の仕事はそれでおしまいにして、愛犬と一緒に長い散歩に出かけるのが日課だったようです。飲酒に関しては慎重で、少量のワインは楽しむものの、酔ったのはケンブリッジ大学の学生だった時の1回きりだそうです。

ロシアの作曲家、チャイコフスキー(1840-1893)は、朝7時から8時の間に起き、1時間かけて紅茶を飲み、タバコを吸い、読書をした後、9時半になると仕事(作曲)に取り掛かり、12時ちょうどにランチをとるのが日課だったようです。その後、天気にかかわらず、長い散歩に出かけるのですが、チャイコフスキーは健康のためには2時間の散歩が必要だと考えていたようです(これはまさに「ポストランチ・ディップ」の時間帯と重なりますね)。そして、散歩はクリエイティビティを発揮する上で欠かせないものだったようで、散歩中にしばしば立ち止まって、作曲に関するアイデアを書き留めては、家に戻るとピアノでそのアイデアに肉付けをしていたようです。

このように、多くの歴史上の天才は、「ポストランチ・ディップを」避けるべく、ちょうどその時間帯に長い散歩に出かける習慣があったようで、散歩が人類の歴史に貢献する創作を生み出すのに一役買っていたことがわかります。

参考文献:
・Blake, M. J. F. (1967). Time of day effects on performance in a range of tasks. Psychonomic science, 9(6), 349-350.
・駒澤真人, 板生研一, & 菅谷みどり. (2019). 心拍変動を活用した集中状態の評価検討. 電子情報通信学会技術研究報告; 信学技報, 119(44), 73-76.
・Oppezzo, M., & Schwartz, D. L. (2014). Give your ideas some legs: the positive effect of walking on creative thinking. Journal of experimental psychology: learning, memory, and cognition, 40(4), 1142.
・メイソン・カリー(著).金原瑞人,石田文子(訳).(2014).天才たちの日課 クリエイティブな人たちの必ずしもクリエイティブでない日々.フィルムアート社

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