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レモンスカッシュの水玉模様

今日も火葬場から、うっすら煙が上がってた。

「また 人 死んどるのぉ」 

鈴木君は落ちていたアイスの棒で、カチカチ砂場の砂をほじくりながらつぶやいた。

夕方火葬場から煙が上がると、秋刀魚とねんどを一緒に焼いたような匂いがした。昭和後期の物憂げな匂い。                                    

僕らは小学4年生になった。でもまだ、誰も遊ばない公園のカチカチ砂場で遊んでた。公園横の小さなグランドから聞こえる少年野球チームの、気合の入った掛け声は、何時も耳障りやった。

グランドを抜けると、小さな山上公園への遊歩道に入れる。遊歩道を五分程登ると、頂上にタイル張りの展望広場。タイル公園の向こう側はフェンスで仕切られ、火葬場とまあまあ大きな墓地。火葬場と公園は深い竹林に遮られている。

気持ち悪いけど、気にせず遊んでいた。

僕らはここで育った。             

鈴木君とWソーダアイスキャンデーを半分こして、前歯でガリガリかじっていた。夕日を見ていた。

僕らの街は丘の上。貧乏団地街の丘から見える朱色の夕日は美しかった。  

『なー、トクちゃん。やっぱりドラキュラアイスの方が美味いんちゃう』                                    

『うん。でも舌痛なるし黒なるやん。それより鈴木君、今日の夕日はアンニュイやは』

『はぁ?アンニュイ』

『そう、1999年に地球滅びるねん。昨日 大予言のテレビで言っとった』

『そうなん・・・後16年か・・・」

 鈴木くんは、計算が速かった。 ドラキュラアイスを食べると舌が真っ黒になるから、母さんに”食べたらあかん”と言われてた。

鈴木君は勉強がすごくできる。特に歴史に詳しい。先生よりもずっと詳しい。難しい言葉も沢山知っている。                                   

すっかり日が暮れ家に帰ったら、母さんは買い物袋の食品を冷蔵庫にしまっていた。さっき帰ったところみたい。

ちょっと泣いていた。

『どうしたん?』 母さんは良く泣く。

『お医者さん行ってきてん。』

『うん』

『母さん糖尿病やねん。』                             

『トーニョービョー?』

『母さん、もう甘いもん食べられへんねん』                          

母さんは泣きながら薄味の焼きビーフンを作ってくれた。

翌日 鈴木くんとカチカチ砂場で遊んでいたら、みっちゃんが公園の道の向こうにある小学校から走りこんできた。

みっちゃんは足が早く勉強がよくできる元気な女の子。ペコちゃんみたいに目がくりっとしている。色黒でチビ。

『今日はドブ川行かへんかったん?』

『えー? みっちゃんが栗拾いに行きたいって 鈴木君が言うとったから。まっとったんやけど・・・来るん遅いねん」

「ごめん。ちょっと先生と話ししててん」

みっちゃんは目をクリクリさせながら申し訳なさそうに鈴木君を見とった。それから みっちゃんは僕の顔をのぞき込み

『トクちゃん、山の公園に、栗なんかあらへんよ』

『あるよ。なぁ鈴木君』                                

鈴木君は食べ終わったWソーダの棒を噛みながら空を見上げた。

『トクちゃん、もう暗なるよ。』

『うん。でもあるよ、みっちゃん。フェンスの向こうやよ。火葬場の横の竹林の中に栗の木もけっこうあんねん。焚き火に栗ほりこんだら美味しいよ。なぁ鈴木君』

『また怒られるよ』

『ええなぁ・・・行きたいなぁ』

みっちゃんは目をキラキラさせながら、山向こうの竹林を見ていた。

『みっちゃんごめん。今日はあかんは。もう暗なる。焼き場のおっさんに捕まるで』 

僕らは火葬場の管理人さんを”焼き場のおっさん”と呼んでいた。空ははうっすらと暗くなり、少年野球チームは練習を終え家路につき、誰もいないグランドはしんしんと秋虫の音が響いていた。

『どしても行きたいん?』

鈴木くんは薄汚れた布カバンから缶ジュースを3本だし、みっちゃんと僕に手渡した。

『不二家のレモンスカッシュやん。鈴木くん大人やん』

みっちゃんは目をクリクリさせながら缶を眺めてプシュッと開け、喉が渇いていたのかごくごく飲み日した。鈴木くんと僕は“辛くて甘酸っぱい大人味の炭酸“はちょっと苦手やった。僕らはいつも、ボヤーっとしたうす甘い“みかん水“という安いジュースを飲んでいた。鈴木君は大人っぽいけど、みっちゃんの前ではもう少し余計目に大人ぶる。

『ちょっと弟と妹の様子見たらすぐ戻ってくるから先に行っとって。暗なるから気いつけよ』

鈴木くんの家は父さんがいない。母さんは遅くまでお仕事なので、幼い兄弟の面倒は鈴木くんが見ている。走り去る鈴木君を背に、竹林に向かって人気のない薄暗い山の公園の遊歩道をみっちゃんと2人で登り始めた。

山の公園の一番上、タイル展望公園から火葬場前の破れたフェンスをくぐり、焼き場のおっさんにみつからないように火葬場の遊歩道を栗の木に向かってそーっと歩いた。

『なぁトクちゃん。オシッコしたなってきた。』

『えー。我慢できんの?』

『できん』

『しゃあないなぁ。ほんなら山下りて学校忍びこもか?』

『あかんねん。我慢できひん。ここでする。ほんで・・・今日栗取りたいねん』

『栗は明日にしよ。学校行こ』

『あかんねん 明日は。今日しかあかんねん。鈴木君ももうすぐ戻ってくるし・・・』

『鈴木君には明日謝ろ」

「あかんねん。今日しか・・・あかんねん」

「えー。みっちゃんどないしたん? しゃあないなぁ、ほんならもっと竹林の奥行こ」

もじもじするみっちゃんの手を引いて、大きな木の向こう側に座らせ、落ちてた段ボール箱で隠してみっちゃんを背にしてうす暗い空を見上げた。

『もう ちょっと 離れて! 向こう向いて!』

『うん。ごめん』

『あんまり離れんといて! 怖いもん』

『大丈夫や。近くにおる。向こう向いとる』

『言わんといてよ』

『言わへん。早よせい』

遊歩道に戻って栗の木に行くと、鈴木くんはレモンスカッシュの缶を握りしめて、心配そうにキョロキョロしていた。

焼き場のおっさんに見つからんように、鈴木君に静かに2人で手を振った。

『どこ行っとんの。そんな奥に栗の木あらへんやん』

『ごめん鈴木君。トクちゃん迷てしもてん』

『迷うような道ちゃうやん』

みっちゃんは栗の木を嬉しそうに見上げていた。

鈴木君が不可解そうにみっちゃんを見ていたので、僕は『ただの連れションや・・・』と呟いた。

鈴木くんの表情が、ぎゅっと歪んだ。

鈴木君はレモンスカッシュの黒い缶をぎゅっと握りしめて栗の木を見ていた。ちょっと目が潤んでいるように見えたけど、薄暗かったので、気ずかんふりをした。

次の日学校に行くと、みっちゃんは休みやった。その日から4日学校に来なかった。鈴木くんは元気がなかったけど、作り笑いをしていた。

みっちゃんが学校に来なくなって5日目、僕は先生に呼ばれた。四時間目が終わったら、生徒代表としてお葬式に行くように言われた。

お葬式会場の団地街の集会場に行くと、みっちゃんとみっちゃんのお母さんがお父さんの遺影写真を持ってボロッボロに泣いていた。

次の週もみっちゃんは学校に来なかった。
みっちゃんは僕らに会う事なく、遠くの街に引っ越した。


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