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恋アス1話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する

この記事では、TVアニメ「恋する小惑星(恋アス)」1話において、星空が登場するシーンを中心とした天文描写について考察します。

まだ観ていない方にはネタバレとなる可能性があります。ご注意ください。

はじめに・おことわり

筆者は中学・高校・大学で8年間天文部に在籍し、現在も趣味として天体観望を行っています。天文ファンの1人として、恋アスのアニメ化に大変感激しております。一方で、地質・気象など地学の他分野については中学の授業レベルの知識しかなく言及できません。ご了承ください。

ご紹介するアニメ中の表現が、現実と異なる場合もあり得ます。本記事の目的は考察を楽しんで頂くことで、アニメの間違いをあげつらうことではありませんのでご注意願います。また、本記事の考察内容に間違いを発見された場合は、コメント欄やTwitter(@kn1cht)までお知らせください。

冒頭

木ノ幡みらと真中あおが出会うシーンです。このシーンの星空はティザービジュアルやPVでも登場していました。既に各所で考察されているところですが、改めて解説します。

あおが指差しているのは、本編でも言及されたとおり木星です。この情報だけから、2人の出会いの日時をある程度知ることができます。

木星のような惑星が星空の中を移動することはご存じの方が多いと思います。木星の公転周期は11.86年と地球よりかなり長いものです。すなわち、干支がほぼ一周するまで同じ星座に戻ってきません。ただ、惑星には動きの方向が切り替わる順行・逆行という現象があり、同じような場所に数ヶ月で戻ることはあります。

ティザービジュアルでは、木星は夏の天の川の横、いて座に見えています。過去に木星がいて座にあったのは2008年です。他の星との位置関係から日時を推測できますが、先述した順行・逆行のために、2月22日前後・8月10日前後・10月10日前後と1つに定まりません。とはいえ、夜のキャンプ場で半袖で過ごしていることから真夏と考えるのが自然です。この場面は2008年8月10日前後、20時から21時ごろの出来事だと判断できます。

(1月4日追記)ドームで上映会(@DomeDeShow)さんから情報頂きました。8月10日だと、月がまだ沈んでいない可能性があるとのことです。
街中で暮らしていると、月の明るさを気にすることはほぼないと思います。しかし、星を見る上では月明かりは時に邪魔になる存在です。満月ともなれば、星の写真を撮ってもまるで青空のように明るく写ってしまいます。

冒頭シーンを見る限り、天の川が鮮明に見えていたので月明の影響はなかったと言えるでしょう。従って、月が早い時間に沈む8月5日より前だった可能性が高くなりました。

ところで、先ほど「木星は干支が一周するまで戻ってこない」と書きました。作中の2008年から、今年で12年が経過しています。つまり今年の夏は、みらとあおが見上げていたのと似た位置に木星を見ることができるのです! これも制作陣の粋な計らいなのかもしれませんね。

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Fifth Star Labs 「Sky Guide

2020年8月6日夜の星空です。今年は木星の近くに土星もいます。

「点だね!」「まぁ…うん」

冒頭、双眼鏡で木星を見るシーンです。双眼鏡は、肉眼で見づらい天体を拡大して見るために天体観望では頻繁に使われます。

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

あおがみらに貸した双眼鏡は、形とデザインから株式会社ビクセンのジョイフルシリーズと考えられます。数千円で買える入門機です。

ただし、この場面は2008年なので、2008年に発売されていた機種でないとおかしいです。過去のWebサイトを確認できるInternet Archiveで当時の商品ページを見てみると、ジョイフル M8×21(倍率8倍)とジョイフル M10×21(倍率10倍)の2機種が確認できます。各部のデザインがアニメでの描写と一致するので、このどちらかでしょう(外見がほぼ同じなので、これ以上は絞り込めませんでした)。

キャプチャ

© 1997-2008 VIXEN CO.,Ltd

木星の縞模様を見るには80倍程度の倍率が必要(えびなみつる 『星を見に行く 新装版』より)ですから、8倍から10倍の双眼鏡では当然模様は確認できません。みらは「点だね!」と言っていますが、本当に点にしか見えない恒星と違って惑星には面積があります。周りの星とは違い、小さい円盤のように見えたことでしょう。

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双眼鏡で見た木星のイメージ(2011年10月・筆者撮影)。周囲の光点は木星の四大衛星。

「木星は(中略)月みたいなのが70個くらいあるんだよ」

2020年1月現在、木星の衛星は知られているだけで79個です。探査機もバンバン送られていて直感的には全て見つかっているように思えますが、実際は最近になって発見されたものも多いのです。2018年には、Sheppardらによって10個もの新衛星発見が公表され、ニュースとなりました。

みらとあおがキャンプに参加した2008年当時に見つかっていた木星の衛星は63個でした。63個を70個くらいと表現するのは少し違和感がありますね……。参考までに、恋アスの連載が始まった2017年3月時点では発見数が67個に増えていました。
まあ幼少期のあおがうろ覚えしていたということにでもすればいいと思います。

「私はみら!」「! 変光星…」「転校生?」

変光星ミラについてはWikipediaをご覧ください。

この場面であおが開いたのは、株式会社アストロアーツ『星空年鑑2008』です(前の場面で実物と全く同じ表紙が出てきました)。アストロアーツは、天文雑誌『星ナビ』や星図ソフト「ステラナビゲータ」などを手がける、天文ファンには馴染み深い会社です。同社は恋アスの制作に協力しているため、書籍などは実物と同じものが登場するようです。

※実物は中古でしか手に入らないようです。お持ちの方、紙面も同じなのか教えてください><

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

真中あおが開いたページは、2008年1月22日の変光星ミラの極大(最も明るくなること)に関する箇所でした。この年は1月と12月にミラが極大となり、どちらもくじら座が見やすい時期でした。

「小惑星なら…見つけたら名前が付けられるはず…」

人類が見つけていない天体はまだまだたくさんあり、日々新しいものが発見されています。なかでも、彗星(水星じゃないよ)や小惑星はアマチュア天文家でも発見が狙える天体です。

彗星や小惑星を発見すると「命名」ができます。彗星の場合は発見者の姓が自動的に付く(e.g. ヘール・ボップ彗星、岩本彗星)一方で、小惑星にはある程度好きな名前を提案できます。日本でも、人名や郷土の名産品などバラエティに富んだ名前が付けられているので、調べてみると面白いと思います。

真中あおは、彗星発見の場合は「あお」ではなく「真中彗星」となってしまうことを考慮して「小惑星なら…」と発言したのでしょう。

※小惑星の場合、発見者が自分自身の名前を付けるのは禁止だとよく聞くのですが、Minor Planet CenterのWebサイトを見る限りそのような規則は書かれていませんでした。何かご存知の方は教えて下さい。

アマチュアで彗星や小惑星発見を狙う人は「コメットハンター」や「小惑星ハンター」と呼ばれます。当然アマチュアだけでなく研究機関も大規模な観測を行うので、アマチュアによる発見は年々難しくなっています。
とはいえ、過去には中高生が小惑星を発見したこともあり、決して不可能ではありません

「あお、今外見える? 西! 西の空!」

あおがみらに電話するシーンです。西の空に水星(彗星じゃないよ)が見えています。

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

水星・金星は地球より太陽に近い位置を回る「内惑星」です。内惑星は、木星などとは違い夕方・明け方にしか見えません。太陽の近くにあるので、太陽が沈んだ直後か昇る直前にしか明るく見えないのです。

このシーンは2人が地学部部室で再会した翌日の夜なので、4月の上旬ごろと考えてよいでしょう。4月の夕空に水星がいたのは過去5年では2016年と2017年ですが、恋アスの連載が始まった2017年と考えることにします。冒頭の場面と同様惑星の位置を元に日付を推測したところ、この日は2017年4月4日か4月14日です。ただし、この後の場面で登場する木星の位置が4月中旬ごろのものだったため、4月14日ではないかと思われます。

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Fifth Star Labs 「Sky Guide

この年4月1日には、水星が東方最大離角を迎えました。難しそうな用語ですが、太陽から最も離れていて夕方の空で見やすいという意味です。水星は金星に比べると暗めかつすぐに沈んでしまうため、最大離角のころは観望の貴重なチャンスです。

今年の2月10日にも、水星が東方最大離角となります。西空の低空まで見渡せる場所で探すとよいでしょう。

「今は朝方にすごく明るく見えてる…と思う」

上のシーンの続きです。2017年4月には、確かに金星は明け方東の空に見えていました。加えて、4月30日には最大光度となり、-4.5等とひときわ明るくなる時期でした。真中あお本人は自信がなさそうですが、惑星のスケジュールが頭に入っているところから重度の天文ファンであることが分かります。

これは余談ですが、2人が離れていても同じ星空を見上げているというシチュエーションいいですよね……。ゆるキャン△5話で、志摩リンと各務原なでしこが夜景の写真を送り合い最後には2人で星空を眺める情景が浮かぶ演出が最高に好きです。

「これ欲しいです!」「却下!」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

TMT(Thirty Meter Telescope)の記事が載った雑誌が登場します。この雑誌は、アストロアーツの天文雑誌『星ナビ』と思われます。バックナンバーを確認した限りでは、2013年3月号に「口径30mの次世代望遠鏡TMTで迫る宇宙の暗黒時代」、2014年12月号に「ハワイ マウナケア山頂にTMT建設開始」という記事が載っています。

(1月7日追記)当初2013年3月号のみと書いていましたが誤りでした。アニメをよく見ると、記事に「国立天文台 青木和光」と署名されています。青木和光先生は本物の国立天文台の准教授の方で、2014年12月号のニュース記事を執筆されています。従って、2014年の方が正しい可能性が高いです。

なお紙面右側の「StellaImage7」とは、同じくアストロアーツによる天体画像編集ソフトです。今は2017年2月に発売されたStellaImage8にバージョンが変わっています。

TMTとは、ハワイで建造が進んでいる30メートル望遠鏡のことです。30 mというのは主鏡(光を集めるための鏡)の大きさで、日本のすばる望遠鏡が8 mであることを踏まえればその巨大さが分かると思います。

口径数十m級の光学望遠鏡は既存の望遠鏡に比べて大幅に大きく、遠方の天体をより詳細に観測できると期待されます。TMTのほかにも、Giant Magellan Telescope(GMT)やExtremely Large Telescope(ELT)が建設中です。いずれも国家や研究機関の国際協力により数千億円の費用で建設・運用されるものなので、地学部の予算がいくら増えても買うのは無理でしょう

ラストの電話のシーン

(1月4日追記)ラストシーンの考察をサボっていたら星座を結んでくださった方がもういらっしゃいました。

みらは「この時間だと、冬の星座がまだ綺麗だね」と言っています。4月の主役は春の星座ですが、19〜20時くらいの早い時間ならオリオン座など冬の星座がまだ西の空に見えています。アニメでもオリオン座がバッチリ描かれていましたね。

会話が終わってエンディング直前には、冬の星座ではない星空が出てきます。こちらはうさき氏がツイートで指摘されている通り、木星とスピカです。冬の星座とは反対側、南東の空に縦に並んでいました。みらとあおが最初に一緒に見た天体を最後に持ってくる演出ですね。エモい!!(大声)

まとめ

① みら・あおの出会いは2008年8月、地学部への入部は2017年4月
こうして日時を割り出せるのも、アニメで正確な星空が描写されていてこそですね。流石です。

② 真中あおの豊富な天文知識
1話では、真中あおが星の知識を披露する場面が目立ちました。特に2008年当時は小学校低学年のはずですが、既に『星空年鑑』を読み込んでいて木星やミラを知っているあたり只者ではないですね……。
木ノ幡みらも、夕空で明るい星を見て水星だと推測するなど、決して天文初心者というわけではないようです。

おわりに

1話だけでかなりの分量になってしまいました。冒頭のキャンプのシーンで語ることが多すぎましたね……。
筆者の忙しさにもよりますが、2話以降も考察書いていきたいと思います。よろしければお読みいただけると幸いです。

なお、本文の正しさの確認及び天体位置推定に関して慶應義塾大学 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のmin氏にご協力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。


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