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リアル恋アス事例集

東大恋アス同好会のkn1chtです。

恋する小惑星(恋アス)は、小惑星発見という夢に向けて高校生の主人公たちが様々な活動をするさまを描いた4コマ漫画です。最近の回では、天文台に泊まり込んでの小惑星観測プロジェクトが始まりました。

恋アスの作中では、「きら星チャレンジ」という高校生向けの観測体験イベントが登場します。これは美ら星研究体験隊という実在するイベントをモデルにしたもので、このイベントでは実際に小惑星を発見して命名に至った事例もあります。

2023年には、すばる望遠鏡の画像を活用して誰もが小惑星探索に関われる「COIAS」が公開されました。海外でも、天文台の画像から一般市民が小惑星を見つける「Daily Minor Planet」が同時期に開始しました。

このように、天文学の専門家でなくとも小惑星発見を目指せる、もしくは実際に発見する例は実在し、数年おきに話題になります。こうした背景が恋アスの物語にリアリティを与えていることは間違いありません。ファンの中には、子供が新天体を発見したなどのニュースを目にして「リアル恋アスじゃん」と呟く者もいます。

本記事では、こうしたリアル恋アス事例を調査し、特徴や成果をまとめます。漫画の物語が現実に飛び出したかのような話題が目白押しです。
また、近年のインターネットを用いたシチズンサイエンス(一般市民が科学研究に参加する取り組み。市民科学とも)によって、実際に重要な成果が得られている様子も見えてきました。


おことわり

  • リアル恋アス事例として、天文学者やベテランアマチュアではない非専門家が、未発見の小惑星探索に参加できる、あるいは発見した等の事例を集めました。

  • 新小惑星発見以外の目標を掲げているプロジェクトの中にも興味深いものがあるため、取り上げた場合があります。

  • 小惑星観測に関する用語(仮符号、番号登録、地球近傍小惑星など)が登場します。COIASの用語集や「小惑星を発見するには?」ページを必要に応じてご覧ください。

  • 網羅的なリストではありません。特に海外事例、短期間だけ行われた取り組みなどには検索で見つけにくいものがまだまだあると考えられます。

イベント系

期間や参加者を限定し、体験イベントとして小惑星捜索を行うイベントが国内外で開催されています。専門家がサポートすることで、中高生や小学生が小惑星発見を達成したこともあります。
観測体制としては、天文台に集まってその場で観測しながら小惑星を探す場合、あるいは天文台で撮影済みの画像データから探す場合の両方がありました。後者の場合、観測者は天文台のスタッフですが、イベント参加者も測定者として名前が残ります。

Asteroid Hunting (International Astronomical Search Collaboration; IASC)

  • 公式URL:http://iasc.cosmosearch.org/

  • 観測所と望遠鏡:Astronomical Research Observatory (0.81 m), Pan-STARRS 1 (1.8 m), Catalina Sky Survey (1.5 m) など

  • 対象:市民科学グループ(高校生、大学生が多い)

  • 成果:命名された小惑星29、番号登録された小惑星80、仮符号取得97

概要や特徴
各国の市民科学グループと協力して新天体を捜索するプロジェクト。2006年から実施されている。
各国のグループの参加を募り、「全〇〇小惑星探索キャンペーン」という名称で期間を区切って実施している。参加者には天文台で撮影した画像や解析ソフトウェア(Astrometrica)が配布される。

日本からも参加事例があり、静岡大学のSato, Sugiyama, & Takayanagiのチームが364630 (2007 TS70)を発見し番号登録まで進んでいる。静岡大学准教授(当時)の八柳祐一先生による当時の経過をまとめたスライドがあった

成果
2024年2月11日時点で、発見した可能性のある天体が14189個、仮符号(Provisional designation)取得が97個となっている。また、番号登録済み小惑星が80個あり、うち29個が命名済み。発見者の所属も公開されており、中高生や大学生が発見している場合が多い。

2021年、ブラジルのNicole Oliveiraさん(参加当時7歳)がIASCのプログラムで7つの小惑星を報告し、「世界最年少の天文学者」として報道された。

スペースガード探偵団(日本スペースガード協会)

  • 公式URL:https://www.spaceguard.or.jp/

  • 観測所と望遠鏡:美星スペースガードセンター(1 m)

  • 対象:小学生、中学生、高校生

  • 成果:(375927) Ibaraが命名に至ったほか、複数の番号登録済み天体や仮符号天体を発見した

概要や特徴
日本におけるスペースガード(地球へ衝突する恐れのある天体を観測す活動)を統括するNPO法人日本スペースガード協会が実施している小惑星捜索体験プログラム。2003年から始まり、美星スペースガードセンターのある岡山県だけでなく、日本各地で開催されている。
同名の書籍『スペースガード探偵団―小惑星探査ソフトウェアB‐612』が刊行されている。この書籍には、B-612と呼ばれる小惑星探査ソフトウェアが付属しており、その使い方の紹介や小惑星に関する解説が主な内容。

成果
2009年11月22日に開催されたスペースガード探偵団において、小学生と高校生からなる3人によって発見された2009 WY52は、その後2022年4月に岡山県井原市にちなんで(375927) Ibaraと命名された。なお、この年の探偵団では報告した天体9つに仮符号が付く大漁で、小惑星番号325749367643なども発見され番号登録済み。

美ら星研究体験隊(国立天文台)

  • 公式URL:https://www.miz.nao.ac.jp/content/news/event/20230511-444.html (募集ページは毎年変わる)

  • 観測所と望遠鏡:石垣島天文台(1.05 m むりかぶし望遠鏡)

  • 対象:日本全国の高校生

  • 成果:数年に一度、新天体候補の検出と報告に成功。(372024) Ayapaniが命名に至っている

概要や特徴
国立天文台VERA石垣島観測局・石垣島天文台で毎年夏休みに開催される合宿形式の天体捜索。2005年から実施(小惑星発見を狙う「むりかぶし班」は2006年から)。
恋アス第3巻後半の内容は本イベントがモデル。登場以降は高校生の恋アスファンも参加するなど盛り上がりを見せた。2023年には石垣島の恒例イベント「南の島の星まつり」で恋アス関係者のトークショーが行われるなど交流が続いている。

石垣島天文台

成果
(372024) Ayapaniは、2008年8月5日に当時高校1年生で美ら研参加者の大濱氏によって発見され、仮符号2008 QA3を経て2015年に命名された。

2023年8月に行われた美ら研では参加者が3つの新天体候補を発見し、うち1つにはNEOの可能性もあると発表された。このとき報告されたと思われる天体の1つに2023 NV8がある(発見者は1ヶ月ほど前に同天体を報告していたPan-STARRS 2となっている)。

体験者などの記事

小学生による小惑星発見プロジェクト(なよろ市立天文台「きたすばる」)

  • 公式URL:https://www.nayoro-star.jp/kitasubaru/

  • 観測所と望遠鏡:なよろ市立天文台(0.4 mなど)

  • 対象:名寄市内の小学生

  • 成果:2023年に新天体候補を3つ報告した

概要や特徴
2011年度から、小学生を対象になよろ市立天文台が実施している小惑星捜索体験プログラム。9月から11月ごろにかけて8夜程度にわたり望遠鏡を使った観測を行う

成果
2023年12月に実施された回では、新たな小惑星候補3つを発見しMPCへ報告した。

シチズンサイエンス系

前置きでも触れた用に、シチズンサイエンスの観点で多くの参加者を募り、新天体発見を目指す取り組みがここ15年ほどで相次いで行われるようになりました。インターネットを活用して誰もが好きな時間に好きなだけ小惑星探しに関われる場合が多く、イベント形式との大きな違いになっています。

(終了)IceHunters (Southern Illinois University Edwardsville & the New Horizons Mission)

  • 公式URL:https://web.archive.org/web/20110731025005/http://www.icehunters.org/(閉鎖しているためアーカイブのURLを示した)

  • 観測所と望遠鏡:すばる望遠鏡(8.2 m), Magellan telescopes(6.5 m), Canada-France-Hawaii telescope (3.5 m)

  • 対象:誰でも

  • 成果:143個のカイパーベルト天体を発見。なかでも2011 HM102は実際にNew Horizonsの観測対象として検討された

概要や特徴
NASAの探査機New Horizonsが観測対象とするカイパーベルト天体を捜索するためのシチズンサイエンス事業。2011年5月にシチズンサイエンスプラットフォームのZooniverse上で開始した。その後、2011年末ごろに画像の分析が終わったため閉鎖

成果
IceHuntersから報告された外縁天体2011 HM102の発見は論文として発表され、検出に関わった市民科学者の名前が記載された。最終的に、New Horizonsチームは、この天体に接近しての観測を行わないことを決定した

Wikipediaには、New Horizonsの観測対象となりうる143個のカイパーベルト天体が発見されたと記載されている(ソースはリンク切れ)。

(終了)Asteroid Zoo (Planetary Resources & Zooniverse)

概要や特徴
カタリナ・スカイサーベイのデータから小惑星を捜索するシチズンサイエンス事業。2014年にZooniverse上で開始し、2016年にデータの分析を完了したため停止した。

成果
不明(成果を論文として発表しているという情報があるものの、Zooniverse上にそれらしいリンクはない)

体験者などの記事

cazasteroides (Universidad Politécnica de Madrid & Instituto de Astrofísica de Canarias)

  • 公式URL:https://cazasteroides.org/en/

  • 観測所と望遠鏡:Teide Observatory (0.82 m IAC80), Terrestrial Optical Station (1 m), Telescopio Abierto Remoto (0.42 m), Observatorio de Santa Maria de Montmagastrell (0.4 m)

  • 対象:誰でも

  • 成果:3,700個の既知天体や760個の未知の小惑星候補を検出した

概要や特徴
Android/iOSのスマホアプリとWebアプリから小惑星を探せるシチズンサイエンス事業。2016年12月、マドリード工科大学などの研究者らが開発・公開した。ポイント制など、ゲーミフィケーションによってユーザの参加を促す工夫がなされているとのこと。

成果
6,420人が参加し、3,700個の既知天体や760個の未知の小惑星候補を検出したと発表

(終了)Hubble Asteroid Hunter (ESAC Science Data Centre)

概要や特徴
ハッブル宇宙望遠鏡の20年分のアーカイブ画像を活用し、小惑星を捜索するシチズンサイエンス事業。2019年6月、シチズンサイエンスプラットフォームのZooniverse上で開始。2020年7月にデータの分析を完了したため停止した。

トップページ

成果
ボランティアの分類をもとに深層学習モデルを作成し、アーカイブ全体から1,701個の小惑星の軌跡(24.5等まで)を検出したとしている。うち1,031個は既知天体と一致しなかった。

Unistellar Citizen Science: Planetary Defense (Unistellar)

概要や特徴
Unistellar社が販売しているスマート天体望遠鏡eVscopeを多数使用したシチズンサイエンス企画。新天体の発見ではなく、NEO候補の追跡観測を行うことが多い模様。2020年開始。
専用ページにターゲットとなる天体と撮影パラメータが表示され、参加したいeVscopeユーザは自身で撮影を行う。

成果
2020年以降、800を超える測定データをMPCに提出し、数十個の地球近傍小惑星の軌道を改良したとしている。日本を含む世界各地のユーザによる観測成果が公表されている

体験者などの記事

Active Asteroids (University of Washington)

  • 公式URL:http://activeasteroids.net/

  • 観測所と望遠鏡:Cerro Tololo-DECam (4.0 m Blanco Telescope)

  • 対象:誰でも

  • 成果:活動的小惑星に関する6本の論文を出版した

概要や特徴
活動的小惑星(彗星のように物質を放出する現象がみられる小惑星)の発見を目的としたシチズンサイエンス事業。2021年8月、シチズンサイエンスプラットフォームのZooniverse上で開始し実施中。公式サイトによれば6,000人が参加している。
極めて少数しか見つかっていない活動的小惑星を発見することが目的。そのため、他のプロジェクトとは違い既知の小惑星を撮影した画像を見ながら活動的かどうか分類する方式を取っている。

操作画面

成果
これまでに活動的小惑星に関する6本の論文を出版したとしている(プロジェクトを率いるColin Orion Chandler氏の博士論文も含まれる)。
例えば、プロジェクトの参加者は、2009 DQ118を撮影した2016年の画像から彗星のような尾を検出した。

Daily Minor Planet (Catalina Sky Survey)

概要や特徴
カタリナ・スカイサーベイ(CSS)で撮影される大量のデータから、未発見の小惑星を発見することを目的としたシチズンサイエンス事業。2023年5月、シチズンサイエンスプラットフォームのZooniverse上で開始し実施中。

CSSが撮像する画像データのうち人による確認を必要とするものが順次追加されるため、アーカイブデータとは異なりほぼリアルタイムに小惑星観測に参加できる点を特徴とする。
複数枚の連続して撮影された画像から移動天体の候補を含む範囲が切り出され、利用者はそれが小惑星なのかノイズなのかを判別して回答する。アカウント登録していれば、測定者としてクレジットに掲載される。

操作画面

成果
2024年2月時点で、1858個のメインベルト小惑星、61個の地球近傍小惑星(Near-Earth Asteroids; NEA)を報告した。最新の結果はZooniverse上で公開されている。なお、通算の参加者は5,000人を超えている。

発見されたNEAのうち、2023 TW2023 VN3という2つの天体について仮符号が得られた。ニュース記事では、プラネタリーディフェンス活動において一般市民の活動が貢献している点がインタビューを交えて報道されている。

体験者などの記事

COIAS(COIAS開発チーム)

  • 公式URL:https://web-coias.u-aizu.ac.jp/

  • 観測所と望遠鏡:すばる望遠鏡(8.2 m)

  • 対象:誰でも

  • 成果:2024年2月時点で、7万程度の新天体候補(誤検出や重複を含む数字)を報告した。61個の天体について仮符号が付与された。

概要や特徴
すばる望遠鏡Hyper Suprime-Cam(HSC)で撮影されたアーカイブデータから、未発見の小惑星を発見することを目的としたシチズンサイエンス事業。2023年7月、専用ウェブサイトを開設し実施中。COIASという名称は恋アスにちなんだもの。

自動検出や報告フォーマットの自動生成などの機能を搭載することで、専門家ではない利用者でも実際の小惑星研究の手順を実行できる。
他のサーベイ観測ではあまり発見されてこなかった直径数100m程度の小惑星を、すばる望遠鏡の性能を活かして発見することを目指している。報告結果を集計すると、24等級前後の暗い新天体候補が多数発見されている

成果
2024年2月時点で、7万程度の新天体候補(誤検出や重複を含む数字)を報告し、うち61個について2024年2月までに仮符号を取得した。最新の結果はウェブサイト上で公開されている。

体験者などの記事

おわりに

軽い気持ちで調べ始めたら思ったより事例が多くて焦ったというのが正直なところですが、どの取り組みにもそれぞれの特徴があり楽しく調べることができました。

こうした事例を見ると、高校生(小学生や中学生でも)が小惑星を発見するというのも決してありえない夢ではないことがよく分かります。もちろん全てが自力ということはなく天文台が開くイベントや公開されたアーカイブデータあっての成果ではありますが、天体の捜索を実際に行って小惑星観測に貢献できる体験は天文普及に多大な好影響を及ぼしてきたのではないでしょうか。

インターネットを活かしたシチズンサイエンスによる小惑星観測プロジェクトも多数実施されていました。ウェブサイト上でいつでも・誰でも参加できるため、さらに小惑星捜索の裾野が広がっている点は嬉しく感じます。子供や大人、専門かどうかの区別なく誰もが研究に関われる時代が来ています。

ただ、アーカイブデータを用いたプロジェクトの多くは数年でデータを使い果たして閉鎖しています。Daily Minor Planetのように観測したデータが順次追加されていく形式のプロジェクトも現れており、末永く続いていくのかどうか気になるところです。

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