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恋アス11話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する(後編)

TVアニメ「恋する小惑星(恋アス)」の星空シーンや天文に関わるシーンを検証・解説する記事の第11(.5)弾です。まだ観ていない方にはネタバレとなる可能性があります。ご注意ください。

11話の記事は、分量が多くなるため分割しました。前編はこちらです。

いろいろあって後編の公開が12話の放送日まで遅れてしまいました。ブルーレイ第1巻も入手したので、落ち着いたら特典映像などじっくり楽しみたいと思います。

それでは、11話Bパートの天文ネタを見ていきましょう。

「小惑星帯!」「衝の位置!」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

みらたち光学班が、石垣島天文台で小惑星捜索の講義を受けています。今回の小惑星捜索では、「小惑星帯(アステロイドベルト)」を対象とするようです。

小惑星帯は、火星軌道と木星軌道の間にある小惑星がたくさんある範囲のことです。以下の画像のように、大量の小惑星が太陽の周りを回っています。
SF映画では「大量に浮かぶ小惑星の間を宇宙船が縫うように飛んでいく」というようなシーンが出ることもありますが、実際には小惑星同士の距離はかなり離れています。従って、探査機などが小惑星帯を通過するのに困ることはありません。

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小惑星帯(国立天文台 4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」)

続いて「衝の位置」について花島先生が解説します。衝(しょう)は地球軌道より外側を公転している惑星(外惑星)や小惑星の位置を表す用語の一つです。他にも、「合」「東矩(とうく)」「西矩(せいく)」があります。天文カレンダーなどに「木星が衝。観望の好機」「天王星が東矩」などといった記述はよく出てくるので、知っておくと理解が深まることでしょう。

衝の位置にある天体は「太陽ー地球ー天体」の順に並びます。この状態になると、
① 地球から見ると太陽の光が正面からまっすぐ当たる
② 地球と天体の距離が最も近い
③ 太陽の反対側なので、一晩中見える
と観望・観測に適した条件が重なります。

小惑星についてもこれは同じで、衝の位置周辺を探せば小惑星を見つけやすくなるというわけですね。

「世界中の天文台や、宇宙望遠鏡の全天サーベイで明るいものはほとんど見つかってるから」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

続いて、花島先生は「全天サーベイ」について言及します。マッキーが言った通り、掃天観測とも呼ばれる観測方法です。空の一定範囲を観測することで新天体を根こそぎ発見しようというものです。

1990年代ごろまで、彗星や小惑星といった新天体の発見ではアマチュアが大活躍しており、日本からも数多くの天体が発見されていました。しかし、1994年にシューメーカー・レビー第9彗星(SL9)の木星衝突という大事件によって状況が変わります。彗星の破片が次々と木星に衝突し、アマチュアの望遠鏡でも見えるほど大きな衝突痕を残したのです。これにより、「地球への天体衝突による人類絶滅」が現実的な危機として認識されました。

SL9の事件が一つの契機となって、1990年代から、地球に接近する小惑星(NEO)の発見を目的とした公的なサーベイ観測プロジェクトが相次いで稼働しました。大型望遠鏡を駆使したサーベイにより数多くの小惑星・彗星が発見されていく一方で、アマチュアによる発見数は激減してしまったのです(えびなみつる.『コメットハンティング 新彗星発見に挑む』.p. 46)。

現在では、国際スペースガード財団と協力し、リンカーン地球近傍小惑星探査(LINEAR)やカタリナ・スカイサーベイ、パンスターズ計画といった大規模サーベイが常に稼働しています。アマチュアの新天体発見が難しくなったのは残念ですが、一方で天体衝突の兆候をとらえるという重要な目的のもとサーベイが運用されていることも忘れてはなりません。

「撮影したデータはノイズを除去して、小惑星探査ソフトで解析」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

実際の観測に移っていきます。ここで出てくる「小惑星探査ソフト」は、実在するソフトウェアのようです。ネットで確認できる情報は数少ないものの、日本宇宙フォーラム(JSF)が作成したもので、国立天文台や天文教育の現場で実際に使われていると言われています。

 伊那市高遠町の入笠山頂上付近にはJAXAの観測所があり、この日はそこで撮影された夜空の写真を使い、小惑星探しを体験しました。
 子ども達は、中島さんの説明を受けながら小惑星探査ソフトを使って、未知の小惑星を探していました。
子ども達が小惑星探査を体験|ニュース|伊那谷ねっと
瀬戸さんは、福岡県の八重山高や筑陽学園高の生徒たちと、口径105センチの望遠鏡で火星と木星の領域を観測し、3つの小惑星を見つけた。小惑星探査ソフトで解析した結果、未確認天体の可能性が高まった。
小惑星発見、新天体か 福島東稜高科学部長の瀬戸さん|福島民報社
先日、日本スペースガード協会のスペースガード探偵団が当館(大崎生涯学習センター)で開催された際に、浅見さんから頂戴した日本宇宙フォーラムの小惑星探査ソフト(CCDF)でようやく見つけることができました。これは、すばらしいソフトですね。
星ナビ.com - 新天体発見情報 080(2010年12月~2011年1月)

以下は、佐藤大哲(@SatoDaitetsu)氏に提供いただいた「小惑星探査ソフト」の画面です。撮影した星空が白黒反転して表示される、左のツールバーにアイコンが並んでいるなど、恋アスで登場したものとよく似ています。

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「小惑星探査ソフト」の画面(提供:佐藤大哲 氏。一部加工あり)

小惑星探査ソフトについては非公開の情報が多いので、可能であれば国立天文台など関係機関から補足情報が出てほしいものです。

なお、HIROPONさんの検証記事で、この場面で表示されている小惑星(330179)から、この画像を撮ったのは「2018年8月13日の23時30分~14日0時ごろ」だと特定されていました。天文ガチ勢ってすごい……。

「5枚の画像を恒星が重なるようにして連続表示すると」

連続表示(ブリンク)は、時間をおいて撮影した画像から移動天体を発見するための手法の一つです。やることは連続して画像を切り替え表示するだけなので、全く難しいことではありません。

小惑星探査ソフト」「ステライメージ」といった天体画像処理ソフトには、大抵ブリンク機能が備わっています。小惑星探査ソフトの代わりに、国立天文台が天文教育向けに無償配布している「すばる画像解析ソフト Makali`i」でブリンクを試してみました。

Makali`iは、FITSファイルという天文観測用の画像データを読み込んで表示できます。また、「ブリンク」メニューから現在開いている画像を連続表示してくれます。本記事では、国立天文台 PAOFITS WGがテスト画像として公開している小惑星2002 NY40の連続撮影データを連続表示してみました。周りの星が同じ位置のままなのに対し、小惑星だけがどんどん移動していくのが一目瞭然です。

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2002NY40の移動の様子(すばる画像解析ソフト Makali`i。画像は国立天文台 PAOFITS WGより)

必要な手順はMakali`iをインストールし、ダウンロードしたFITSファイルを開いて「ブリンク→開始」をクリックするだけです。皆さんも是非お試しを。

「それに確か、新しい小惑星は、最低2夜以上の観測が必要なんだよね」

新天体を発見したら、その情報を世界中に共有して「確かに新しい天体だ」と認められなくてはなりません。新しい小惑星については、小惑星センター(IAU Minor Planet Center; MPC)という機関が情報を取りまとめています。小惑星を見つけたと思ったら、発見した位置や明るさなどの情報を記録してMPCに送ることになります。

MPCの「Guide to Minor Body Astrometry」には、発見の報告についての規則がいろいろと書いてあります。マッキーが「2夜以上の観測が必要」と言っていたとおり、「16. How do I begin?」に「2つの異なる夜に観測したデータを提出すること」「天候の問題で、2夜が離れていてもよい」とありました。異なる日のデータを用意することで、情報の正しさを確保するというわけです。

なお、みらに問い詰められた花島さんが「追観測は僕らが引き継ぐ」と弁解していました。これについても「27. Who gets credit when single nighters are linked?」「33. What if I can't follow-up a new discovery?」に記載があります。2夜の観測は同じ人が行う必要はなく、1夜ごとに違う観測者が同じ天体を報告することでも発見として認められるそうです。その場合、先に観測した人が発見者となるので、みら達が2夜目の観測をできなくても問題ないわけです。

「観測4回目…」

天文台の外、南の星空が映ります。普段星を見る人なら、さそり座の見える位置が高いのに気づくかもしれません。石垣島天文台の緯度は北緯約24度で、約36度の東京に比べて10度以上南側にあります。そのため、南方向の星座はより空の高い位置に見えるわけです。

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東京と石垣島での南天の星空比較(Stellarium 0.19.3)

この日の20時30分ごろの南の空を、東京と石垣島で比べてみると、さそり座や木星の位置がかなり違うのが分かります。

「ああ…仁科ちゃんって子で、今は海外で天文学者やってる」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

遠藤先生の過去が語られるシーンです。きらチャレに参加した頃の写真を見ながら、前半から出てきた早川先生や仁科さんとの出会いを思い出す遠藤先生でした。

「早川」「仁科」という名字は、もしかすると宇宙物理・素粒子物理学者の早川幸男博士と仁科芳雄博士あたりがモデルかもしれません。いずれも戦前・戦後の時代に活躍し、素粒子物理学の分野で貢献した先生方です。

「時間帯に左右されない電波観測はいいよね~」

一夜明けて、きら星チャレンジは2日目に入ります。電波班から「昼の観測」という言葉が聞こえてきた通り、電波による天体観測は昼間でも可能です。さらに言えば、空が曇っていても電波は届くので、光学班のような天気の心配とも無縁です。

VERAのように大がかりな観測を素人が行うことは困難とはいえ、アマチュアでも気軽に実践できる電波観測もあります。例えば、流星の通過を電波で確認する「流星電波観測」は、市販のアンテナとアマチュア無線用の受信機があれば実施できます。楽しみにしていた流星群が曇りでも、電波なら流星が流れたのを確認できます。
※流星の電波観測は、VERAのように天体自体が出す電波を捉えるものとは原理が全く異なります。詳しく知りたい方はリンク先サイトをご覧ください。

まとめ・おわりに

アニメ自体の解説パートが長かったので、その解説もまた大変長くなってしまいました。

これまでの話数では存在感が薄めだった国立天文台ですが、11話・12話では存分に活躍が見られそうです。恋アスを機に、石垣島・石垣島天文台に訪れる人も増えるといいですね。

本文の正しさの確認及び天体位置推定に関して慶應義塾大学 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のmin氏にご協力頂きました。佐藤大哲(@SatoDaitetsu)氏は、「小惑星探査ソフト」の画面の写真を快くご提供くださいました。この場を借りて御礼申し上げます。

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