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恋アス12話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する

TVアニメ「恋する小惑星(恋アス)」の星空シーンや天文に関わるシーンを検証・解説する記事の第12弾です。まだ観ていない方にはネタバレとなる可能性があります。ご注意ください。

楽しかった恋アスもついに最終回。こちらの記事シリーズも(おそらく)最後となります。今回は最後にふさわしく星空のシーンが非常に多くて、11話に続いて歯ごたえのある回でした……。

はじめに・おことわり

筆者は中学・高校・大学で8年間天文部に在籍し、現在も趣味として天体観望を行っています。一方で、地質・気象など地学の他分野については中学の授業レベルの知識しかなく、言及できません。ご了承ください。

ご紹介するアニメ中の表現が、現実と異なる場合もあり得ます。本記事の目的は考察を楽しんで頂くことで、アニメの間違いをあげつらうことではありませんのでご注意願います。また、本記事の考察内容に間違いを発見された場合は、コメント欄やTwitter(@kn1cht)までお知らせください。

これまでの考察記事は以下からお読みいただけます。

3Dプリンタと小惑星模型

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

12話は、石垣青少年の家での勉強会から始まりました。画面右にある四角い機械は3Dプリンタで、すぐ横にある小惑星「イトカワ」「リュウグウ」の模型を出力するのに使ったものと推測されます。機種は、キューブ状の形やボタンの配置からXYZプリンティングの「ダヴィンチ1.0 Pro」が近いのではないでしょうか。

「イトカワ」「リュウグウ」は、それぞれJAXAの小惑星探査機はやぶさ・はやぶさ2の探査対象となった小惑星ですね。この2つの形状は、探査機が接近したときの画像データから詳細に分かっています。こうして得られた3Dモデルは公開されているので、設備があれば誰でも3Dプリントして楽しめるというわけです。

「小惑星は、天体が破砕された岩石でできている小天体…一方、太陽系外縁天体は…」

太陽系小天体の基礎のお話から始まります。小惑星・彗星・太陽系外縁天体など、惑星や準惑星ではない太陽系の天体は「太陽系小天体」と総称されます。太陽系外縁天体は、海王星よりも外側に存在する太陽系小天体を指し、小惑星とは区別して定義されています。惑星から準惑星に降格された冥王星も、太陽系外縁天体の一つです。

火星軌道と木星軌道の間の小惑星が集まる領域を小惑星帯(アステロイドベルト)、太陽系外縁天体が集まる領域を、エッジワース・カイパーベルトといいます。後者については6話であおが少し言及していましたね。この程度であれば、小惑星発見を志すみらあおは事前に知っている内容だったかもしれません。

ちなみにこの場面以降たびたび出てくる、『小惑星を見つけよう ー軌道表示編ー』なる教科書は、日本宇宙フォーラムの『小惑星を探そう』という本がモデルではないかと思います。学会の研究報告で引用されているのを見つけましたが、この本そのものについての情報は得られませんでした。

「小惑星の反射スペクトルは、普通コンドライト・炭素質コンドライトにそれぞれ対応するS型・C型などがあり」

このアニメ、本当に気軽に専門的な話題を放り込んできますね……。用語が多くてお手上げの人が多いかもしれませんが、まずは小惑星の組成から説明していきます。

小惑星の主な成分は、探査機などの調査によって、コンドライトというタイプの隕石と同じ種類の岩石であることが分かっています。コンドライトは、さらにその組成によって、最も多い普通コンドライトや炭素原子を含む炭素質コンドライトに分かれます。炭素は生命に欠かせない有機物の材料なので、地球の生命誕生に関係があるのではないか? とも言われています。

さて、小惑星の光を分光分析(スペクトル分析)すると、いくつかのタイプ(スペクトル型)に分けられることが分かっています。スペクトル分析は、7話の記事でも触れた通り、対象からの光を虹色に分解することで成分などを推定できる分析方法です。小惑星のスペクトル型には、C型S型などがあり、C型小惑星の成分は炭素質コンドライト・S型小惑星の成分は普通コンドライトであると考えられています、

探査機「はやぶさ」がサンプルを持ち帰ったイトカワはS型で、実際にサンプルの微粒子が普通コンドライトであることが証明されました。次は炭素が主成分のC型小惑星も調べようということで、後継機の「はやぶさ2」はリュウグウを探査したのです。

「小惑星は惑星と違って熱進化してないものが多いから」「昔の姿のままってこと?」

はやぶさ・はやぶさ2による小惑星サンプルリターンの話題です。よく「小惑星のサンプルから太陽系の歴史が分かる」というようなことが言われますが、そのキーワードとなるのが「熱進化」です。

地球のような惑星や一部の衛星・小惑星は、内部では岩石がドロドロに溶けて対流しています。この溶けた岩石がしだいに冷却されていく過程は「熱進化」と呼ばれています。熱進化を経験すると岩石の成分は変わってしまうため、地球の石を見ても太陽系ができた頃の情報は得られないのです。

そこで、熱進化が起きなかったとみられる小惑星を調査することで、太陽系初期の物質を知ろう……というのが「はやぶさ2」や「オシリス・レックス」などの小惑星サンプルリターン計画の主目的です。

「地球惑星科学。通称ちくわ」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

原作でもインパクトのあった「ちくわ部」のイラストが完全再現されましたw

マッキーは通称ちくわと言いましたが、地球惑星科学科の略称は多くの大学では「ちわく(地惑)」が一般的という印象です。検索していて、広島大学北海道大学で「ちくわ」が通称となっているのを見つけました。筆者が知らないだけで、実はあちこちでこの呼び名が使われているのでしょうか?

「少し時間がかかるから、その間皆さんは、屋上で星を見てきてはどうでしょう」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

夜になり、光学班は天文台の屋上で星を眺めます。出ていくときのセリフを聞いていると、あおが「カメラカメラ…」と言っているのに気づきます。これまで天体写真を撮っているシーンはなかったと記憶していますが、2年生になって本格的に写真を始めたのでしょうか?

「わっ、火星すごい」「今年は大接近の年だもんね。今はマイナス2.5等ぐらいかな」

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2018年8月14日・石垣島の南東の空(Stellarium 0.19.3)

火星は2018年7月末に地球と大接近しました。最接近時はマイナス2.8等級まで明るくなり、望遠鏡でも大きく見えて観察しやすくなります。前後の一月くらいはマイナス2等級台なので、きらチャレ2日目の8月14日でもかなり目立っていたことでしょう。

火星と地球は公転周期が違い、約2年2ヶ月おきに近づきます。このとき、火星が楕円にゆがんだ軌道で公転しているために、軌道のどの位置で接近するかによってお互いの距離が変わります。特に近くなる場合の接近を「大接近」、特に遠くなる場合の接近を「小接近」、その中間を「中接近」と言います。

2018年以降は、2027年まで接近の距離は遠くなる一方です。今年2020年10月の接近は、直近では一番大きく見えるチャンスですのでぜひ望遠鏡を覗いてみましょう。

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接近時の火星の大きさくらべ(© 国立天文台 天文情報センター)

※ なお、惑星同士が空で近づいて見える場合にも「火星と木星が接近」などといいますが、こちらは見かけ上近いというだけで、惑星の地球接近とは全く異なる現象です。天文ニュースを見る際にはお気をつけください。

「あっ、流れ星!」

きらチャレが開かれた8月中旬は、ペルセウス座流星群(ペルセ群)の極大とも重なっていました。ペルセ群は、条件が良ければ1時間に60個ほどの流星が見られ、人気のある流星群です。

従って、この場面の流星も当然ペルセ群……かと思ったのですが、どうやら違うようです。ペルセ群の輻射点(流星群の流星が見かけ上出てくる点)は北にあり、光学班は西の空を見ていたので、ペルセ群の群流星なら右から左へ飛ぶはずです。実際は左から右へ飛んでいるので、東~南東に輻射点があるやぎ座α流星群みずがめ座δ南流星群あたりの群流星、もしくは流星群に属さない散在流星と思われます。

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部(星座線・星座名を記入)

この直後の場面でも、もう一つ流星が流れます。こちらは、こうま座付近を左上に向けて飛んでいて、方向からやぎ座α群に属するものと判断できます。
人気の流星群だけを登場させないあたりが、このアニメの演出のニクいところですね。

あおのカメラ

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カメラで星をちゃんと撮るには、三脚に固定し、数十秒から数分間シャッターを開いておくことが必要です。カメラが揺れてしまうと失敗するので、この場面のように自動でシャッターが切れるようにすることも多いです。連続でずっと撮影していると、運が良ければ流星が写ることもあります。

このカメラのモデルは、富士フィルムの高級コンパクトカメラX100Fでしょう。レンズ交換はできないものの、APS-Cサイズのセンサと開放F2の単焦点レンズを搭載した高性能機で価格は10万円ほどです。高校生でこれを持てるあおが羨ましい……。

「見つかってないのに成果発表するのもなあ」「狙った成果が出なくても、報告することはとても大切だよ」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

あおが見つけた移動天体は、残念ながら既知の小惑星でした。最終日のスライド準備に移った光学班に、花島先生が重要な心構えを教えてくれます。

天体観測に限らず、科学研究では常に期待した成果が出るとは限りません。「できなかった」という結果でも、次に挑戦する人にとって重要な情報になります。ですから、結果が期待に沿わなくても、それをちゃんと考察して報告することが科学者として望ましい態度です(耳が痛い……)。

国立天文台が広く一般に観測を募集するときにも、「見えなかったというのも立派な観察結果なので、無駄だと思わず報告するように」と呼びかけることがあります。

「ねえ、久しぶりにみんなで天体観測しない?」「許可なら取ってきたよ」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部(星座線・星座名を記入)

みらあおが石垣島から戻り、全メンバーが揃った地学部で観望会です。月齢6ぐらいの月と木星が並んで見えているので、この日が2018年8月17日なのが分かります。この後のシーンの星空も併せて考えると、時間は20時ごろでしょうか。

「木星の導入、終わりました!」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

はじめは見せてもらう側だったみらあおが、今度は望遠鏡を操作して1年生に星を見せる側になったのが分かるいいシーンですね。

モンロー先輩がみらを褒めるシーンですが、背景に見えるのはぼうえんきょう座とさそり座の一部です。ぼうえんきょう座は石垣島なら楽に見える星座ですが、関東では高度が低くてよほど南の低空が開けていなければ見られません。星咲高校の屋上は、かなりの好立地なのかもしれませんね。

「しましま…」「うん、今日は衛星が4つ見えるね」

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2018年8月17日 20時頃の木星・石垣島の南東の空(Stellarium 0.19.3)

4つというのは木星のガリレオ衛星(四大衛星)のことを言っています。2話の観望会シーンでも登場した、木星の衛星の中でもひときわ大きい衛星たちです。2話では1個が木星に隠れていましたが、今回は4つ全てが見られました。左上から、カリスト・イオ・エウロパ・ガニメデです。

あとがき

ラストシーンはどうなるのかと思っていましたが、これまでの出来事を思い出しながらこれからの活動への期待を感じさせる印象的な終わり方でした。みらあおのセリフも「見つけたい、かなえたい」から「見つけよう、かなえよう」に変わり、目標に向けて決意を新たにしたことが表現されています。

「小惑星を見つける」という具体的な目標から始まった本作。小惑星発見に至らずにアニメ12話が終わることには様々感想があって良いと思いますが、天文ファンの時間感覚では自然な展開だったと思います。

天体の時間スケールは人の日常からすればゆっくりで、見たい天文現象まで数年から数十年待たされることもしばしばです。だからこそ、天文という趣味は長く続けていても飽きないものです。3年間の部活が終わってもそこで終わりではなく、生涯楽しめる趣味にできるのが天文・地学のいいところだと感じています。

折しも恋アスの制作に協力したビクセンさんからは、双眼鏡・ルーペ・望遠鏡のコラボモデルが発売されることになりました。恋アスをきっかけに、これからも日々星空を見上げる人が増えることを、一天文ファンとして願っています。


本文の正しさの確認及び天体位置推定に関して慶應義塾大学 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のmin氏にご協力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

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