見出し画像

「かぐや様は告らせたい?」3話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する

4月25日に放送された「かぐや様は告らせたい?」第3話で、お月見と星空解説のシーンが放送されました。筆者は「かぐや様」を視聴していないのですが、前シーズンに放送された「恋する小惑星」のファン界隈でも少し話題になっていたので、当該シーンを確認してみることにしました。

筆者について

kn1chtと申します。中学・高校・大学で8年間天文部に在籍していました。天文ファンの視点から「恋する小惑星(恋アス)」を考察した記事を12話分書きましたので、そちらもご覧いただけますと幸いです。

「十五夜! 月見するぞ!」

セリフでも説明がある通り、「十五夜(中秋の名月)」は、古来から月見の好機とされてきた日です。定義としては「旧暦で8月15日の夕方に出る月国立天文台暦計算室 暦Wiki)」と決められており、現代の暦では毎年異なる日付となります。また、名月が満月と一致しないこともあります(暦Wiki「名月必ずしも満月ならず」)。

ここ数年の中秋の名月の日付を列挙しておきます。
・2016年9月15日
・2017年10月4日
・2018年9月24日(恋アス6話のセリフで言及された)
・2019年9月13日
・2020年10月1日

筆者が調べた限り「かぐや様」の細かい年月日の設定は公開されていないようなので、日付を特定することはできませんでした。

「いや、今日の星空指数めっちゃいいんだって!」

画像1

©赤坂アカ/集英社・かぐや様は告らせたい製作委員会

「星空指数」は、日本気象協会などの民間気象事業者が公開している「夜空が天体観測に適しているかを表す」0から100までの数字です。この「〇〇指数」には、星空以外にも洗濯・傘・ビールなど多数の種類があり、生活に密着した情報として参考にする人も多いようです。

この星空指数、日本気象協会の説明では「天気や月の満ち欠けを考慮して計算」となっているものの、具体的な計算方法は非公開です。筆者の周囲の天文ファンはあくまで参考程度に使っている人が多い印象です。

「月のある東南側が東京湾だから、都会の明かりも比較的少ない」

月見の準備を整え、屋上に上がってきた生徒会メンバー。会長が月の方角を東南と表現しますが、方角を言うのであれば「南東」が正しいです。

中秋の名月は秋分の日の前後1ヶ月に収まるので、このころの月はだいたい真東からのぼり、20時から21時の間くらいには南東の方向に見えます。


「会長、どれが秋の四辺形なんですか?」「興味あるのか」

かぐやが星の質問をしてしまったのをきっかけに、会長の怒涛の(?)星空解説が始まります。

キャプチャ

©赤坂アカ/集英社・かぐや様は告らせたい製作委員会

このシーンまでに複数カットで星空が登場しますが、筆者が調べる限り実際の星座と一致するものはないようです。会長が指差した秋の四辺形についても、四辺形を構成するアルフェラッツ・シェアト・マルカブ・アルゲニブ以外の恒星の配置は合っていませんでした。

画像3

実際の秋の四辺形周辺(Stellarium 0.19.3より)

アニメの星空を正確に描写するのには大変な労力が必要のようで、「恋アス」や「宙のまにまに」のように特別な監修を受けた作品以外ではたまにしか正しい星空を見かけません。一生懸命正しい星の配置を再現しても、喜ぶのは一握りの天文ファンだけなので、他に演出で優先すべきところに注力するのは当然の判断だと思います。

「かぐや様は告らせたい?」3話に関して言えば、配置は合っていなくとも「都会で見る星空ってだいたいこんな感じだよね」という印象はきちんと再現できていたのではないでしょうか。

「秋の四辺形はペガススの四辺形とも言うんだが、皮肉にも一番明るい星はアンドロメダ座なんだよな」

秋の四辺形で一番明るい、2等星のアルフェラッツに関する話題です。会長が述べた通り、この星はアンドロメダ座に所属しています。ペガスス座とアンドロメダ座は隣同士の星座ですが、アルフェラッツは両方に属するとされていた時期があったため、ペガススの四辺形の一部となっているのです。

画像4

アンドロメダ座とペガスス座の境界付近(Stellarium 0.19.3より)

現在では、国際天文学連合(IAU)が星座同士の境界を定めており、空のどの天体も88個の星座のいずれか1つだけに属するようになっています。

「知ってるか。時間軸のズレ、歳差運動の影響で、北極星は時代によって変わるんだ」

引き続き会長の星空解説が続きます。結構面白い話をしているのですが、かぐやも視聴者の皆さんも説明を聴いてなさそうなのが残念なところですw

まずは会長の長台詞を書き起こしてくださった方のツイートを引用しておきます。

この会長の解説は、結論から言えばだいたいあっています。時代によって北極星が移り変わっていくという話ですね。まずは、歳差運動とは何かからご説明しましょう。

歳差運動

地球の自転軸は、非常にゆっくりと回転しています(会長は「時間軸のズレ」と言っていましたが、自転軸の言い間違いと思われます)。この回転を歳差(さいさ)運動といいます。

画像5

地球ゴマの歳差運動

言葉は難しそうですが、歳差運動はコマを回してみれば簡単に観察できます。コマが回転中に傾くと、軸が一定の角度で倒れながら回転する動きをします。地球も、太陽や月などの重力の影響で、約26000年周期で軸が一周しています。

北極星の交代

地球の自転軸の向きが変化すると、星空の回転中心である「天の北極・天の南極」も年々移動していきます。北極星は天の北極に最も近い明るい星のことを指すので、天の北極が大きく移動すると別の星が北極星になります。会長が「北極星が時代によって変わる」と言ったのはこのことです。

画像8

天の北極の移動を示す円(Stellarium 0.19.3より)

会長の発言から、時代ごとの北極星をまとめてみましょう。
・現代  : こぐま座α星(ポラリス
・2000年後: ケフェウス座γ星(エライ)
・4000年後: ケフェウス座β星(アルフィルク)
・1万年後 : こと座α星(ベガ

概ねこのとおりですが、ベガが天の北極に最も近づくのは西暦13600年ごろなので、「1万1千年後」あたりがより正しい表現です。1万1千年後の星空をシミュレーションすると、下図のようになります。夏の大三角が北の空に見えていますね。ベガは確かに天の北極に近いものの、現代のポラリスのように1度未満まで近づくことはありません。

画像7

Stellarium 0.19.3より

もう26000年時間を進めて、天の北極をさらに一周させてみました。ベガがより天の北極に近く、北極星らしくなっています。これは、恒星それぞれが非常にゆっくりと動いている(固有運動といいます)ために、ベガの位置が数万年で移動するのが原因です。3万7千年も経つと、星座の形も現在とは全く違ったものに変わってしまいます。

画像8

Stellarium 0.19.3より

おわりに

第3話のうち、会長の星空解説シーンを主に取り上げてみました。星の配置はさておき、セリフで言っている事自体はほとんど正しい情報でした(いくつか言い間違えがあるのは、そういう演出なのか単純にミスなのか……)。視聴してみて、結構細かい解説をしていたので驚いたくらいです。

会長の星好き設定が今後再登場するのかどうか分かりませんが、他の天体の解説シーンも見てみたいものですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?