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恋アス7話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する

TVアニメ「恋する小惑星(恋アス)」の星空シーンや天文に関わるシーンを検証・解説する記事の第7弾です。まだ観ていない方にはネタバレとなる可能性があります。ご注意ください。

久しぶりにしっかり星空が出てくる回でしたね。観望会の「タイムマシン」のシーンは、原作を読んでいても涙が止まりませんでした……。
日常シーンが多い分キャラがよく動いていて、見応えのある回だったと思います。

はじめに・おことわり

筆者は中学・高校・大学で8年間天文部に在籍し、現在も趣味として天体観望を行っています。一方で、地質・気象など地学の他分野については中学の授業レベルの知識しかなく、言及できません。ご了承ください。

ご紹介するアニメ中の表現が、現実と異なる場合もあり得ます。本記事の目的は考察を楽しんで頂くことで、アニメの間違いをあげつらうことではありませんのでご注意願います。また、本記事の考察内容に間違いを発見された場合は、コメント欄やTwitter(@kn1cht)までお知らせください。

これまでの考察記事は以下からお読みいただけます。

天体観望会

7話の前半は、地学部の3人が観望会の講師をするシーンから始まります。観望会中に「今夜はオリオン座流星群が一番見える(注: 極大)日なんだ〜」というセリフが出てくるので、2017年が舞台であることを考えると、この日は2017年10月21日(土曜日)だったことがわかります。観望会の時間は冒頭のチラシから「午後730分〜9時」と読み取れます。

星を見るイベントは、ある歌の影響もあってか「天体観測」や「観測会」などと呼ばれがちです。一方で、天文ファンは「観望会」という言葉を好んで使います。研究のためのデータ収集(観測)をするのではなく、楽しむために星を見る場合がほとんどだからです。

「子供の背を考えると、三脚は伸ばさなくていいよね」「アイピースはこれがいいかなぁ」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

一般的なカメラ三脚と違って、望遠鏡の三脚は伸びたとしても2段が限度です。高倍率をかける天体望遠鏡では、鏡筒を揺らさないために高い剛性が求められるためです。三脚を伸ばす場合も、必要以上に伸ばさず適度な高さで使うことが大切です。

「アイピース」とは、望遠鏡の接眼レンズのことです。望遠鏡の倍率は、鏡筒の焦点距離を接眼レンズの焦点距離で割ると求まります。例えば、地学部所有のA80Mf(焦点距離910 mm)で付属の6.3 mmアイピース(PL6.3mm)を使うと約144倍です。土星を見るシーンではPL6.3mm、アンドロメダ銀河を見るシーンではPL20mmと倍率を使い分けていましたね。

(後者のシーンでは、視野を広げるため付属品よりも低倍率のアイピースを使ったのでは? と当初書いていましたが、星ナビ公式のツイートで否定されました)

「土星の大きさはだいたい地球の9個分」

あえて「9倍」とは言わないあたり、みらとあおは子供相手の説明をかなり練習してきたことがうかがえますね。

地球の赤道半径は6,378 km、土星の赤道半径は60,268 kmなので、正確には約9.45倍です(天文年鑑編集委員会,『天文年鑑』)。ここで「赤道半径」と言っているのは中心から赤道までの長さで、他の地点では異なる場合があります。
特に、土星は自転の遠心力によって両極方向に約10%つぶれている(D. R. Williams, Saturn Fact Sheet, NASA)のが有名で、望遠鏡で注意深く観察すると確かに円形ではないのが分かります。

「でも実は中身がスカスカで、水に浮いちゃうって言われてるんだ〜」

土星の密度は約0.69 g/cm³で、太陽系の惑星の中で最小です。これは水(約1 g/cm³)より小さいので、「もし水に浮かべたら浮いてしまう」という例え話は惑星解説の定番となっています。

「今度はM31、アンドロメダ座大銀河を見ようと思います」

アンドロメダ銀河(M31)は、肉眼で見えるほど明るく大きいことから非常に知名度のある渦巻銀河です。星のよく見える場所に行けば、双眼鏡などを使わなくともボヤッとした姿が分かります。

観望会に乗り気でないはるかちゃんには、「ただのもやもやですね」と言われてしまいましたが、その印象は間違いではありません。長時間かけて撮影した写真では渦巻の細部まで鮮明に写るものの、肉眼では淡い光が広がっているのが分かる程度です。とはいえ、M31の場合は横長に広がった形が肉眼でも分かるので、双眼鏡をお持ちの方はぜひご自身の目で見てみましょう。

「3つの星をつないでできるのが夏の大三角形だよ」

某アニメの影響で「アレガデネブアルタイルベガ」として有名になってしまった、夏の大三角です。画面の真ん中で明るめに描写されているのがデネブ・アルタイル・ベガです。10月下旬の20時頃には、西の空に沈む前の姿が見えています。

ベガとアルタイルの間には天の川が見えるはずですが、このシーンでは描写がありません。この観望会は市街地の公園で開かれた設定のため、あえて天の川を描いていないのだと思われます。

「星の光をスペクトル分析すると構成元素や表面温度が分かったり、遠くの星を見ると大昔の宇宙のことが分かったり」

スペクトルとは、虹のように分解された状態の光のことです。雨上がりに見える虹は、太陽の可視スペクトルだと言えます。
恒星のスペクトルを細かく観察すると、所々に暗い線が入っています。これはフラウンホーファー線といい、様々な物質が特定の波長の光を吸収することで生じます。あおの解説にある通り、フラウンホーファー線からは恒星の組成や表面温度といった情報が得られ、天文学の重要な観測手段の一つとなっています。

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フラウンホーファー線(by Gebruiker:MaureenV

遠方の星からの光が地球に届くには時間がかかり、その年数を使った「光年」という距離の単位があることは多くの方がご存知でしょう。例えば、M31は230万光年離れているので、今見えている姿は230万年前のものということになります。

「変な? ああ、あれは人工衛星だよ」

星を見ていると、人工衛星にはよく出会います。太陽光を反射して光るため、飛行機と違って点滅しません。天体写真では流星そっくりに見えることもありますが、移動速度がゆっくりなので、前後の画像にも写っているかどうか調べれば見分けられます。

人工衛星には、現役で運用中のものからロケットの残骸まで一つ一つ番号が付けられ、米国などによって軌道情報を管理されています。公開された軌道データをもとに、ステラナビゲータやStellariumなどの星図ソフトやHeavens AboveなどのWebサイトで衛星の通過をシミュレーションできます。

この場面の衛星は、はくちょう座のデネブのそばを南に向かって通過していました。このルートを通った衛星がないか調べたものの、ぴったり合うものを見つけることはできませんでした。特定できた方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。

オリオン座流星群

毎年10月下旬ごろ出現する流星群です。夜半を過ぎてオリオン座が昇ってくるころによく見えます。

流星群の「輻射点」については、2話の記事でも解説しました。流星の来た方向に輻射点があれば、その群の流星だと判断できます。

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部(星座線・輻射点を追記)

オリオン座流星群の輻射点は、オリオン座とふたご座の境界付近にあります。アニメの場面では、輻射点からオリオンの三ツ星の方向へ流星が流れる様子が正確に描写されていますね。

みらがこたつの中から流星を見る場面で登場した流星も、オリオン座流星群の輻射点からくじら座方向へ流れたものでした。

「小惑星を見つけた人たちの体験記だよね」

『小惑星ハンター』は、著名なアマチュア天文家の渡辺和郎氏による小惑星捜索の体験記です。毎話おなじみのアストロアーツではなく、『月刊天文ガイド』などを手掛ける誠文堂新光社から出版されています。原作コミックでは『小惑星を捕える』と別タイトルでの登場でしたが、アニメでは誠文堂新光社も資料協力に入っているおかげか、実名での登場でした。

1996年発売の絶版本なので、今から手に入れようとすればほぼ古本を探すしかなさそうです。似た書籍として、2011年発売の『コメットハンティング 新彗星発見に挑む』は、2020年現在でも新品が販売されています。様々なコメットハンターの体験談が載っている面白い本なので、天体捜索にご興味があればぜひお読みください。

イノ先輩が持ってきたムック本

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

イノ先輩は『星空写真を撮る』というタイトルの本でカメラの勉強をするつもりのようでした(活動のスナップ写真を撮る目的には適っていない気もしますが……)。これに近い本は『星空写真撮影術 改訂版』としてアストロアーツから出ています。表紙のデザインは違うものの、「星空撮影の基礎知識」「コン赤・ポタ赤を使いこなす」「四季の星座と定番構図」のような見出しに共通点が見られます。

ただ、この改訂版の発売日は2019年3月で、アニメ中の2017年ではまだ発売されていません。イノ先輩が実際に入手できたとすれば、改訂になる前の『デジタルカメラ星空写真撮影術』でしょう。

星ナビ2017年7月号

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

ED前のシーンでちらりと登場しました。10月のシーンでなぜ7月号? と思いましたが、開いているページをよく見ると小惑星イトカワの写真が掲載されていたので、みらあおはこれで盛り上がっていたのでしょう。

筆者は星ナビを購読しておらず確認ができませんが、発売時のニュースの画像を見ると「宇宙写真200 Part2」のコーナーでイトカワの写真が掲載されていたようです。

まとめ・おわりに

短時間の観望会なのに、夏・秋・冬の星座がそれぞれ登場しボリュームのある回でした。星空は時間が経つと日周運動で動いていくので、夕方から夜中まで粘っていれば3シーズンの星座を見ることができます。

次回はいよいよイノ部長が日本地学オリンピック(JESO)に挑戦です。筆者は「天文以外分からないから」という理由で高校時代に地オリをスルーしてしまい、今はたいへん後悔しています……。


本文の正しさの確認及び天体位置推定に関して慶應義塾大学 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のmin氏にご協力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。


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