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恋アス11話の天文シーンを元天文部のオタクが考察する(前編)

TVアニメ「恋する小惑星(恋アス)」の星空シーンや天文に関わるシーンを検証・解説する記事の第11弾です。まだ観ていない方にはネタバレとなる可能性があります。ご注意ください。

覚悟はしていましたが、次々と出てくる天文ネタに圧倒されて言葉もありません。出てくる用語にニヤニヤできるのは楽しいものの、その分記事で説明する負担は増えるわけで……。

はじめに・おことわり

筆者は中学・高校・大学で8年間天文部に在籍し、現在も趣味として天体観望を行っています。一方で、地質・気象など地学の他分野については中学の授業レベルの知識しかなく、言及できません。ご了承ください。

ご紹介するアニメ中の表現が、現実と異なる場合もあり得ます。本記事の目的は考察を楽しんで頂くことで、アニメの間違いをあげつらうことではありませんのでご注意願います。また、本記事の考察内容に間違いを発見された場合は、コメント欄やTwitter(@kn1cht)までお知らせください。

これまでの考察記事は以下からお読みいただけます。

「参観者として同行することもできたんだぞ。募集要項に書いてあったろ」

石垣島に乗り込んできたあおですが、遠藤先生はその無鉄砲さに呆れているようです。
せっかくなので、2018年度の「美ら星研究体験隊(劇中のきらチャレのモデル)」の募集要項PDFを軽く見ておきましょう。日時や会場などの情報が載っています。

プログラム名  美ら星研究体験隊:「新しい星を発見しよう」
日時      平成30年8月13日(月)-15日(水)
会場      沖縄県立石垣青少年の家・国立天文台 VERA 石垣島観測局・国立天文台石垣島天文台

見学については、応募書類の記入事項に「(8)家族・学校関係者見学(参観)の有無、有の場合は見学(参観)者の氏名(フリガナ)、生年月日、性別、連絡先(メール、携帯電話)」と確かに書いてあります。「学校関係者」とはおそらく遠藤先生などの教員が主な対象と思われますが、事前に話を通しておけば、確かにあおの見学も受け入れてくれた可能性がありますね。

※ あくまでフィクションだから成立していることであり、特に夜間の活動が伴う天文合宿の場合、保護者の同意や保険の手続きなど事前の十分な準備が求められます。現実でサプライズ参加をするのはやめましょう。

「私が参加した頃から主催やってる廣瀬さん」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

美ら星研究体験隊(美ら研)の代表者は、国立天文台水沢VLBI観測所の廣田朋也 助教です。おそらく名前をもじっていると考えてよいでしょう。廣田先生は、2013年度から毎年美ら研の代表者だったようです。
つまり、遠藤先生が参加した回は2013年度前後だったことになるのでしょうか……?


地学部のつくば合宿

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

なんと、アニオリで筑波宇宙センターが再登場です! 原作の石垣島編では新入生組の出番が乏しかったので、これは素直に嬉しい演出ですね。

展示館「スペースドーム」で出てくる人工衛星やISS実験棟「きぼう」については、スカイ三平さんのYouTube動画で一通りの解説があるので省略します(丸投げ)。

水害をきっかけに気象を勉強しているナナにとっては、地上の様々な災害状況をいち早く把握できる陸域観測技術衛星2号「だいち2号」の展示は興味深かったのではと思います。しかし特に描写がなかったので、妄想するだけにしておきましょう……。

「ようこそ石垣島へ。指導役の花島です」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

先ほどの廣田先生と同じく、モデルがいそうな人が出てきました。この方は、国立天文台の花山秀和 特任研究員ではないかと思われます。3月16日に国立天文台が石垣島天文台から配信した「【中高生向け特別授業】ベテルギウスと超新星爆発」でも登場されました。この配信では美ら研の様子が紹介される場面や、花山さんが恋アスを布教する場面もあるので、ぜひ観てみてください。

国立天文台VERA石垣島観測局

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

国立天文台が「VERAプロジェクト」のために整備した「VLBI電波望遠鏡群」の1つで、20メートルのVLBIアンテナが設置されています。

VERAプロジェクトとは、アニメで廣瀬先生が説明されていた通り、銀河系の3次元立体地図を作成するための計画です。VERAの電波望遠鏡群はそれ以外にも様々な研究に使われており、VERAプロジェクトのWebサイトで成果を確認できます。

「以前つくばにあったのと似た種類のアンテナだよ」

つくばの国土地理院や、VERA石垣島観測局に設置されているのは、Very Long Baseline Interferometry(超長基線電波干渉法,VLBI)のアンテナです。VLBIは、遠く離れた距離にある複数のアンテナで天体から来る電波を同時に観測することで、天体の位置や画像が得られるという仕組みです。

2019年4月に「ブラックホールの撮影に成功!」というニュースが話題になりました。この撮影を行ったプロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」も、アメリカ・ヨーロッパ・南極にある電波望遠鏡を使ったVLBIです。

VLBIでは、基線(最も離れたアンテナ同士の距離)が長ければ長いほど解像度が高まります。VERA計画では、2002年に石垣島局が完成したことで、基線の長さを1300 kmから2300 kmへ一気に伸ばすことができ、銀河の立体地図作成の要件が整いました。

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VERAの観測アレイと観測局 © 国立天文台

「年周視差を利用した宇宙三角測量で、天体の正確な位置や動きが分かるからね」

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

VERAが具体的に行っているのは、銀河系にある天体までの正確な距離を求める作業です。そのためには、地球が公転する間に天体がずれてみえる角度差(年周視差)を知ることが必要です。ある天体の年周視差が分かれば、地球軌道の半径と合わせて天体までの距離を計算できます(この計算は高校の地学基礎でも扱われるものです)。

年周視差は遠い天体ほど小さい値になり、高い測定精度が必要になります。VERAは天体の位置を3億6千万分の1度で求めることができ、銀河系全体の年周視差を測れる能力を備えているのです。

石垣島天文台

一行は、VERA石垣島観測局から石垣島天文台へ移動しました。石垣島天文台は天文学研究や地域への天文普及を目的とした施設で、国立天文台や石垣市、NPO法人八重山星の会などの6団体が連携して運営しています。開館していればドームの見学ができるほか、事前予約により4D2U(4次元デジタル宇宙プロジェクト)シアターや天体観望会にも参加できます。

2020年3月現在、ウイルス感染拡大を防ぐため、4D2Uシアター・天体観望会の開催および予約受付は「当面の間中止」となっています。ご注意ください。

むりかぶし望遠鏡

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© Quro・芳文社/星咲高校地学部

石垣島天文台にある、口径105 cmの反射望遠鏡です。星咲高校地学部のA80Mfは口径8 cmなので、圧倒的にサイズが違いますね。アニメでも言われている通り、九州・沖縄で最大の口径を持つ望遠鏡です。なお、「九州最大」は福岡県八女市星野村にある「星の文化館」の100 cm反射望遠鏡です。

鏡筒は経緯台に載っており、コンピュータ制御で星を追尾するようになっています。

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© 2006 Ishigakijima Astronomical Observatory, NAOJ.

みら達の会話で解説されているとおり、むりかぶし望遠鏡は、レンズの屈折ではなく鏡の反射を使って光を集める反射望遠鏡です。反射望遠鏡には様々な形式がありますが、むりかぶし望遠鏡はリッチー・クレチアン式と呼ばれるタイプです。

リッチー・クレチアン式は、同じ反射望遠鏡のカセグレン式望遠鏡を改良したものです。カセグレン式は、入ってきた光を凹面鏡の「主鏡」で集め、次に凸面鏡の「副鏡」で再度折り返して接眼レンズに取り出すという形式の望遠鏡です。リッチー・クレチアン式では、カセグレン式の鏡面の形が修正され、焦点で光がずれてしまう「収差」がなくなるようになっています。

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Ritchey-Chretien-Cassegrain-Teleskops (CC BY-SA 3.0 von ArtMechanic)

「焦点は研究用と観望用で3つあるみたい」

光の通り道が一方通行の屈折望遠鏡と違い、反射望遠鏡では、鏡を組み合わせることで複数の焦点(接眼レンズやカメラを取り付ける場所)を作れます。むりかぶし望遠鏡には、1つのカセグレン焦点と2つのナスミス焦点があります。

カセグレン焦点は、主鏡の外側にできる焦点で、副鏡が反射した光を取り出して観測するものです。ナスミス焦点は、主鏡と副鏡のほかに3枚目の鏡を斜めに取り付け、経緯台の高度軸に沿って光が出てくるようにしたものです。

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リッチー・クレチアン式望遠鏡のナスミス焦点(星の文化館にて筆者撮影)

観望用に使われるのは後者のナスミス焦点(正確には2つあるうちの片方)ですね。望遠鏡が動いても高さ方向に位置が動かないので覗きやすく、子供や車椅子の人でも利用できるので、大型の公開望遠鏡で採用が増えています。

まとめ・おわりに

ここまでお読みくださりありがとうございます。これでもまだ半分なのですが、あまりに書くことが多すぎて頭が爆発しそうなので、今回の記事を前編・後編に分割して公開することにしました。

後編では、石垣島天文台での講義や観測のシーンを中心に解説しました。引き続きご覧いただければ幸いです。


本文の正しさの確認及び天体位置推定に関して慶應義塾大学 宇宙科学総合研究会(LYNCS)のmin氏にご協力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

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