見出し画像

大正解!

私は中学時代、卓球部に所属していた。
1つ上の先輩の代までは、顧問の先生が滅多に見に来ないタイプの部活だったので自由も自由。

体験入部の際には、
ある先輩は床で輪になって女子会を開催し
ある先輩はいつ買ってきたのか、マクドを広げて隣の剣道部の男の子と一緒にポテトを食べ
またある先輩は、制服のままルールガン無視のお遊び卓球対決をしていて

それはそれはカオスな状態だった。

それでも青春に憧れていた私は、
青春イコールスポーツ、
運動が苦手な私でもできるスポーツは卓球!
という安直な考えを信じてそのまま入部した。

しかし、これが大正解だった。

ちょうど私が入部した代から顧問の先生が変わり、
昔選手をやっていた熱血おじいちゃん先生が指導にあたってくださることとなったのだ。

外周10周、階段トレーニング20周などという本格的な基礎トレーニングにフォームの練習。
それまで自由に遊んでいた先輩たちからは多少反抗もあったが、私は「これが青春!」と楽しんでいた。

やがて、「真面目に練習して試合で負ける」という経験を繰り返すうち、
徐々に部員全員に「勝ちたい」という気持ちが芽生えてきた。

顧問の先生がいない時、トレーニングメニューに「はないちもんめ」を入れていた先輩は、
ずっと弱かった私が公式戦で初めて勝った時、
泣いてくれた。

やがて先輩方が引退し私たちが最高学年となる頃には、以前の超自由主義はすっかりなりを潜め、本気で勝ちを目指す真面目な部活になっていた。

引退試合である夏季大会を控え、
誰もが心を一つにひたすら目の前の球を追っていた
そんなある日の練習試合。

その日は私の卓球人生の中で最も印象に残る1日となった。

集中!

その日、私たちはいつもとは違う、少し遠くの学校と練習試合をすることになっていた。
しかも相手は男子。
大会を控え、より実力を上げるために普段とは違う相手と勝負するのだ。
いつもより長く自転車を漕いで、通気性の悪いユニフォームを着て汗だくで相手校に到着した。

「相手が男子でも絶対勝つぞ!!」

やる気十分で整列し、相手校に挨拶をする。
窓もドアも全て閉め切り、ものすごい熱気の中を漂う汗の匂い、格技場の木の匂い、シーブリーズの匂い。
色んな匂いが混じり合ったあの独特の空間が、
私はとても好きだった。

やがて試合が始まる。
しばらく部員の応援をして、ついに私の番が来た。

試合は複数同時に行われるので全員とはいかないが、私のコートの後ろにも何人かの後輩がついて応援をしてくれていた。

「後輩に絶対いいとこ見せるんだ!」

いざ!と、気合を入れてコートへ。

私の対戦相手は、小柄な男の子だった。
身長150センチくらいの、メガネの男の子。
今になって思えば、顔はゴハンですよのあの人に似ていた。

そう、名前は知らないけど桃屋のこの人だ。

練習もそこそこに、いよいよ試合開始。
じゃんけんをして勝った方がサーブ権を獲得し、ピン球を手に取る。

これが、想像を絶する壮絶な戦いの始まりだった!

なんせ私は下手くそなので、
繰り出すサーブは決まって下回転。
上回転とか横回転とか、そういうのはできなかった。
そして下回転レシーブに対して、逆の上回転をかけて相手コートへ強打する「ドライブ」という技。
下回転サーブを出すなら普通、タイミングを見計らってドライブで点を決めることが多い。

…が、私はドライブも下手くそだった。
故に、下回転には下回転で返す。
下回転のかかった球をラケットの黒い方、バック側で小さく下に擦る。
これを「ツッツキ」というのだが、この「ツッツキ」という技でとりあえず相手コートに球を返し、ひたすら相手のミスを待つ。
気合十分なわりに、当時の私はそんな消極的な戦略で戦っていた。

しかしなんと、相手も全く同じタイプだったのだ。
サーブは絶対に下回転。その後はずっとツッツキ。
ずっと、ずーーーっとツッツキ。

お互い、ツッツキにツッツキ合い、
ツッツいてツッツいてひたすら相手のミスを待ち、
もうずーーっとひたすらツッツキまくっていた。

そんな壮絶な戦いは続き、私が一歩リードした。
正確な点数は忘れたが、7-4ぐらいになって、

これは勝てる!

と確信した。

この調子でミスをしなければいいだけだ!

そしてまた、ツッツキ合戦が始まる。
ラリーの練習か?と思うほど、どちらも一向に攻撃しない壮絶なツッツキ合い。
両者真剣に、先にミスをするまいと球を返す。

その時だった。

「…チュッ!!!!!」

…!?

相手コートから、なにか変な声が聞こえた。

空耳か?

しかし今度は、はっきりと聞こえた。

「シュッチュッ!!!!!!!!!」

…!?!?

「シュッちゅうううう!!!!」

…!?!?!?!?

どうやら相手は、自分に向けて「集中!」と叫んでいるらしかった。

たしかに卓球では、点数が入った時やサーブレシーブに入る前、自分を鼓舞するために声を上げることがある。
愛ちゃんの「サー!」や、張本くんの「チョレイ!」もこれに当たるのだろう。

しかし、ラリー中に叫ぶ人など見たことがない。
私の知る限りでは、普通そんなことしないはずだ。
テレビでもそんな人いない。絶対いない!

しかし相手は、一度叫んだのを皮切りに、

「集中!!!しゅうちゅううっっっ!!!!!」

と、2往復に1回くらい叫ぶようになった。
それも、かなり大きな声で、だ。
悔しいのが、他の試合を応援する声も飛び交っているので会場に響き渡るほどではなく、台と台の間も空いているので、ちょうど私と審判の子だけに聞こえるような声だった。
この状況を何とかみんなに知ってほしかったが、それは叶いそうになかった。

小柄なゴハンですよの男の子が、
ラリーの途中に何度も何度も
「しゅうちゅううううっっっ!!!!」
と叫ぶ。

私はこれがツボにハマってしまって、試合中なのに笑いが堪えきれなかった。
周囲に共有できないのが悔しい。
そして、ただでさえ下手くそだった私は、ツボにハマったことでミスを連発。

相手はその度に、
「ラッキー!!!!」
と叫んでいた。

そしてそのまま逆転され、せっかく勝っていたセットを落としてしまった。

コートチェンジし、後輩が控えているスペースに戻る。
本来ならここで、試合を見ていた仲間にアドバイスをもらって次のセットの戦略を立てる。

しかしもう、私にとっては勝つか負けるかどころではなかった。
とにかく、相手の男の子が面白くて仕方ない。
何をそこまで、と思われるだろうが、
一度ツボにハマると抜けられず。
控えスペースに戻った瞬間ひざから崩れ落ち、涙を流してひいひい笑っていた。

後輩はたぶんドン引きしていた。
ひょっとすると、1セット取られて号泣し過呼吸になっているように見えたのかもしれない。

その後、結局試合に勝ったのか負けたのかはもう覚えていない。
あんなに勝つぞ!と意気込んでいたのに、
その日の私はもうゴハンですよの男の子でいっぱいいっぱいだった。

あの子の名前は何ていうんだろうか。
何も知らないまま、もう7年が経つ。

あの日は、間違いなく私が卓球をやっていた3年間で1番面白い日だった。
絶対に忘れられないし、できれば結婚しても子供が産まれても、いざもうすぐ死ぬというその時まで忘れたくない。

体験入部のあの日。
誰1人として何も練習していなかったけれど、
マクドを食べてる先輩が少し怖かったけれど、
卓球部に入ってよかった。


大正解だった!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?