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夢の中で自分の日記を覗き込んでみたはなし

終わりそうな世界の中で命と心を削りながら、日記書き綴けている、
という状況らしい夢を見た。

日記にはこう書いてあった。

"自分の創造の根幹にあるものと向き合う苦しみや絶望感みたいなものは、死をもって初めて逃れられるのかもしれない。
生への責任感、家族や他人とのかかわり方、住んでいる地域のこと、日本のこと、世界のこと、地球のこと、宇宙のこと、超自然的なこと。わたし、と数多に在る"それ以外"が相関している度合い…に時折、目が眩んでしまう。
こんなにも多くのものの中で安らかに存在しているのに、孤独を感じてしまうのは何故なんだろう。溢れんばかりの情報のなかに身を置く事で、自分が何者かになったように錯覚されるのは何故だろう。
他人のなかに私の欲望を映し出して、自分の分身ばかりを愛するかのような生ゴミのようなナルチシジムに浸れる現代メディア文明の功罪に、孤独の隙間を埋めてしまうのは何故だろう。まるで金太郎飴の一部のような私の心って、なんて安っぽいのだろう"

夢の中で自分自身を見て、第三者的に覗き込んでしまい、その生々しさ、汚らわしさに痛覚し、涙を流して起きた。ディストピアと裏腹に、鮮やかなカラーに彩られた映画を見ているようだった。

涙の覚醒の後、思った。
そうだ、今日は、チキンマックナゲットを食べよ、と。

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