見出し画像

クライクライ

私は、おじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らしている。

今の季節は夏。

おじいちゃんとおばあちゃんの家には、クーラーがない。
扇風機もない。風鈴の音だけが涼しさを感じさせてくれる。

じっとりとした空気の中、畳に寝転びながら
私はある日いなくなった妹を思い出していた。

🎐

その時、私は5歳、妹は3歳だった。
近所でも有名な仲良し姉妹だった。

夏休みになると毎年のように
おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まっていた。

ただ、その時のおじいちゃんとおばあちゃんは
いつもと少し様子が違った。

何やら2人でコソコソと話し合っている。
何を話してるのと聞くと、おじいちゃんに睨まれてしまう。
おばあちゃんには話をすり替えられてしまう。

ちょっと気になったけど、それ以外はいつも通りだったから
私たちには内緒の、2人だけの特別な秘密があるんだなあ。
くらいにしか思っていなかった。

その日はおやつに、大きなスイカを妹と半分こして食べた。
夕飯は私と妹が大好きな、おばあちゃんの豚汁だった。

夕飯を食べ終わったら、おじいちゃんに
「夏休みだからこれで何か買いなさい」とお小遣いをもらった。

いつものように歯を磨いて、お風呂に入って、おばあちゃんに
髪の毛を乾かしてもらって、ふかふかのお布団んで眠って…。

次の朝起きると、妹はいなくなっていた。

おじいちゃんもおばあちゃんも、私が「妹はどこ?」と聞いても
「先にお母さんのお家に帰ったんだよ」としか言わなかった。

私がまだ寝てる間にお母さんが来たのかな。

🎐

8月31日。お母さんの家に帰る日。

お母さんは事故に遭って死んでしまった。
一緒に暮らしていた妹は施設に預けられたらしい。

私は引き続き、おじいちゃんと
おばあちゃんの家に泊まることになった。

そして今に至る、というわけだ。

妹は元気にしてるかなあ。

🎐

妹を思い出したその日から、毎晩ある夢を見るようになった。

内容はいつも同じだ。
2人の人が、家の庭をザックザックと掘っている。
だいぶ深いところまで掘ると、その中に何かを放り込む。

そして、決まって白黒の映像だった。
なんで白黒なんだろう。眩しいくらいのカラーの時代なのに。

見た夢は誰かに話さないと気が済まない。
起きてから、おじいちゃんとおばあちゃんに夢の内容を話した。

おじいちゃん顔を青くして
「もうその話はやめなさい」と私をぶった。
おばあちゃんは、ただ眺めていた。

🎐

白黒だったその夢は、日を追う毎に色を帯びていった。
まるで、白黒テレビからカラーテレビへの発達のように。

庭を掘っている人の姿も、次第にはっきりしてきた。
それは、おじいちゃんとおばあちゃんだった。

でも、何が放り込まれているかまでは分からなかった。
『それ』は、しばらく経ってもぼんやりしていた。

🎐

ある日、唐突に『それ』は姿を現した。
『それ』は、施設に預けられたはずの妹だった。

じゃあ、『それ』(=妹)を埋めたのは…。

頭の奥底に押し込めた記憶が、次第に浮き上がってくる。

そうだ。私はあの夜、あの光景を見ていたんだ。
なんで、なんで今まで忘れていたんだろう。

おじいちゃんとおばあちゃんのところに走って行った。

「おじいちゃん!おばあちゃん!やったんでしょ…」

そこには大好きな、いや、
大好き『だった』おじいちゃんとおばあちゃんはいなかった。

自分で喉笛を掻き切ったであろうおじいちゃんと、
同じく自分でお腹を刺したおばあちゃんが、倒れていた。

走って来た私を見つめながら。

🎐

「死んで…る…?おじいちゃん、おばあちゃん」

呼びかけても反応はなかった。
先ほどまでそこにいた人が、今は息もせずに倒れている。
私はそれが信じられなかった。

と、死んだはずのおじいちゃんが口を開き

「見たな…お前は、あれを見たんだな…」

「ひっ」

「見たんなら…な、じいさん」

「そうだな」

「…何も見てない。私、何も見てないよ」
「ねえ辞めてよ、冗談でしょ…ねえ」

私も、殺される。あの庭に埋められる

やだ…やだ…。

(終)