『メイドさんと百合についてのアンソロジー』「うさぎとネコ」感想

 先日の記事では、百合ゆりマンガ作品集『メイドさんと百合についてのアンソロジー』から「さえずりメイド3本勝負」(七路ななじゆうき 作)の感想および考察(学術的な議論も含めた考察や他作品との比較)を記しました。
 『メイドさんと百合についてのアンソロジー』には6本の作品が収録されていますが、他の収録作品も読み、その中でも特に「うさぎとネコ」(とこのま 作)がお気に入りになりました。この記事では、「うさぎとネコ」の感想を記したいと思います。

1. 作品のあらすじ

 あらすじは以下のとおりです。

 斉宮さいのみや家のお屋敷には前まで10人いたメイドがわずか4人にまで減ってしまい、メイド長のこころはアルバイト募集をかけていた。なかなか応募が来ない中、猫耳メイドのまもるがある日屋敷を訪れてくる。心いわく「ふざけた格好の」「アニメみたいな」メイドのまもるを心は最初は断るが、主人のおばさまはまもるを気に入り、彼女はここで働き始める。
 全く仕事ができないまもるは、屋敷の人手不足の原因はメイド長の心が厳しすぎたためと同僚メイドの笹森ささもりから聞かされる。メイド長を怒らせないようにとの笹森の忠告にもかかわらず、まもるは心にもっと人に頼るべきだと言って心を怒らせてしまう。
 心は幼い頃両親を事故で亡くし、身寄りがないところをおばさまに拾ってもらったという過去を持っている。そのときにおばさまからもらったうさぎのぬいぐるみとネックレスを、彼女は大切にしていた。おばさまへの恩を感じているからこそ、心はメイドとしてたゆまぬ努力を重ね、他のメイドたちにも厳しく当たってしまっていたのだ。
 ある日心は、おばさまの家族の証でもあるネックレスをなくしてしまう。心の異変に気づいたまもるは心と一緒にネックレスを探し、「助けて!」とみんなを頼ることを提案する。今まで周りに頼ることをしてこなかった心はまもるを信じ、なんとか「助けて!」と叫ぶ。するとネックレスは、最近扉を開けることを覚えたおばさまの飼い猫しみずさんが身につけていたことがわかったのだった。

2. 考察・感想

 本作を読んで私が考察したことを記します。

 まず、心=「うさぎ」、まもる=「ネコ」というモチーフを軸に、うさぎのように仕事はテキパキこなすがどこか焦っている印象を与える心に対して、ネコのようにマイペースで人懐っこい振る舞いが特徴的なまもるがメイド長として生き急ぐ心の葛藤を溶かしていく様子が印象に残りました。
 二人の名前にも意味が隠されているように思いました。メイドたちにきつく当たって何人も辞めさせてしまいながらも、屋敷のおばさまとの家族の証を大切に抱きしめている「心」、その奥底にある想いを「まもる」(守る)役割を新参者の猫耳メイドが担っているのではないかと考察しました。大人になり、メイド長として責任ある立場になった心は常に理性的に仕事をこなすことを求められ(フロイトの精神分析で言うところの「超自我」に相当する役割と言えるかもしれません)、子どもの頃の純粋な気持ち(精神分析の「エス」)を飼い主に見捨てられた捨てネコのように置き去りにしてしまいます。他のメイドたちとの関係がうまくいかず、腫れ物に触るように接されている心が、まもるのサポートによって、抑圧された子どもの頃の想い出や純粋さを取り戻す―そんな物語として本作は読めるかもしれません。

【補足】
 フロイトによると、人間のこころは「自我」「超自我」「エス」の3部から成立する。「自我」は「これが私」と自覚する同一的・永続的な自己、「超自我」は自我の中の良心を司る部分、「エス」は欲動(「~がしたい」)であり、自我に取り込まれない混沌のような存在である。自我は現実的な規則への服従を要求する外界、自我を律する超自我、欲求をひたすら満足させようとするエスの3者に仕える従僕のような存在であり、この3者の要求に折り合いをつけながら自らを守っている。

人間のこころの構造(心的構造論

 次に作品の感想を述べます。

 新人猫耳メイドのまもるは心にとって救世主のような存在ですが、彼女のことばは私にとっても救いとなるものがいくつかありました。
「もっと人に心開いて頼ったほうがいいよ!」
「まもるにもっと頼っていいんだからね」
「キーワードは助けて! だよ!」
 真面目一辺倒で一匹狼のように業務にあたり、他のメイドとの濃密な関わりをずっと避けてきた心。そんな彼女にまもるは、他人を頼り、SOSを出すことの大切さを説きます。まもるはメイド長の心に対して一貫してタメ口で接していることもあり、一見礼儀知らずな子なのかなと思えてしまいますが、実はまもるは他人と人間関係を築くうえでとても大事なことを言っているように思います。彼女のメッセージは、自力で全てを処理できる能力を美徳としがちな日本社会へのアンチテーゼにも通じるのではないでしょうか。
 個人的な意見ですが、日本の小学校でしばしば掲げられる「自分のことは自分でできる子ども」といった教育目標は「困ったことがあっても安易に他人を頼ってはいけない」というメッセージに繋がってはいないでしょうか。親や学校教師は「自分でやりなさい」と子どもに言うことがありますが、このような指導は、課せられた仕事の全てを一人で抱え込み、他人に助けを求めることに罪悪感を抱く大人を生み出す遠因になっているような気がします… 私は、子どもたちに対しては「(他人に頼らずに)自分でやる」ことを説くよりも「必要な場面で他人に助けを求める」能力の大切さを教える方が有益なのではないかと考えます。
 私自身、今までの自分の行動を振り返ってみると、自分で全てをこなそうとするがあまり、他人と向き合う努力をあまりしてこなかったように思います。私は濃密な人間関係が苦手な性格で、子どもの頃は周囲の同級生とは淡泊に過ごしてきました。成長するにつれ、そうした点は改善するように努力してきたつもりですが、それでもそうした傾向は大学生・社会人になっても残ってしまっていると思います。大学の学内のアルバイトで「他人に助けを求めることも大切だ」と大学の職員さんに言われた記憶がありますし、今でも仕事中に「それは担当の○○さんに相談してください」「終わったら私に報告してください」とよく言われます…😅

 また、もうひとつ印象に残ったのは、仕事のできなさを心に叱責されたまもるの「メイドの仕事はまだまだ全然ダメだけど このお家気に入ったし頑張るんだっ 亀スピードってかマイペースな猫ちゃんスピードかもだけど!」というセリフです。私も仕事のことで問題点を指摘されたり、(ハラスメントとは言わないまでも)少し嫌な気持ちになる言い方をされたりしたことがありますが、まもるのように気持ちを切り替えることはなかなかできなかったので… まもるのポジティブなところは私も見倣わなければいけないなと思いました。

 ということで、『メイドさんと百合についてのアンソロジー』の収録作品「うさぎとネコ」は百合作品としての魅力のみならず、私自身が人間関係や仕事と向き合ううえでも教えられるところの多い作品でした✨ 本作に惹かれたのは、テーマが今の自分の状況に近かったからかもしれません。

参考文献

  • とこのま 作「うさぎとネコ」-『メイドさんと百合についてのアンソロジー』, 一迅社.

  • 鈴木晶 著『図解雑学 フロイトの精神分析』, ナツメ社.

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