[寄稿]「お楽しみ」の危険性と依存性について(著:長谷川優貴)

社会が崩壊し個の時代になり「お笑い」が姿を消した。。

その昔、「お笑い」という文化があった。今で言う「お楽しみ」だ。

「お笑い」というのは人を笑わせる為に作られた演芸のことだった。

「お楽しみ」では、二人の人間が一つのマイクの前で話すというジャンルがある。これと同じ手法をお笑いでは「漫才」という。一見同じように感じるが中身は全く異なる。前者では、マイクの前で片方がマジョリティを演じ、それをもう片方が肯定する。後者は、片方がマイノリティを演じ、それをもう片方が否定する。

少人数のコミューンで披露する現在の「お楽しみ」と違い、「お笑い」は年齢・性別・趣味趣向などが全く異なる大多数の観客の前で披露していた。

「お笑い」には、「内輪」と「共感」が必要不可欠だった。現在の「お楽しみ」でも「内輪」と「共感」はある。しかし、「お笑い」が決定的に異なるのは、先ほど述べたように価値観の違う群衆を相手にしているというところだ。

「お楽しみ」では、既に面識のある同じ価値観の家族のような集まりの中で披露する。となれば、意識せずとも「内輪」と「共感」は自然と生まれた状況からスタートできる。しかし、「お笑い」は見ず知らずの大多数の相手に「内輪」と「共感」を生み出さなければならない。

では、「お笑い」はどうやって、それらを生み出していたのか? 

共通の「違和感」を作り出していたのである。

昔使われていた「世間」という言葉がある。人間を全て一括りにした言葉だ。「お笑い」は、この幻想である「世間」というものに「共感」を訴えかけ、「世間」的に変だとされることを共通の違和感と見なしてネタにしていた。マイノリティな考え方の人間をネタにすることで、マジョリティ側の「共感」を得て、自分たちの人間性を知ってもらいテレビなどの媒体を使い大規模な「内輪」を構築していた。

こうすることにより、「共感」できない(その笑いがわからない)ということは変だと「世間」に思われ仲間外れになってしまうという強迫観念が生まれる。人々は存在しない「普通」というものに縛られて生きていた。

架空の「普通/世間」という観念から外れている容姿などを否定(イジるとう言葉が用いられていた)した笑いが多くなったが、SNSが発達しマイノリティが声を上げられるようになり、世間という洗脳が解け、否定の笑いは廃れていった。

そして、あのゲームが発売され、「お笑い」自体に終止符が打たれた。

人々は、寛容の城に閉じこもり、見たくないものは遮断し、面倒な思考は排除した。それにより、感情は邪魔になり消えた。共に感情を引きだす(訴えかける)エンターテイメントは必要とされなくなった。

俗に言う感情離れである。これにより「お笑い」は消え「お楽しみ」が生まれた。

「お楽しみ」の肯定の言葉に依存する人々は増え、それぞれの寛容の城の中で、お楽しみ芸人という職業は引っ張りだこになっていた。しかし、「お楽しみ」によって偽りの万能感が加速していったのも事実だ。

私は常々「お楽しみ」の危険性について警鐘を鳴らしてきた。「お笑い」のもつ否定の暴力性とは違い、「お楽しみ」は肯定の暴力性を持っている。人は肯定され続けると世界との境界線を失い自己世界に閉じこもる。全ては自分の思い通りになると勘違いをするのだ。闇雲に肯定し続けることはある種、暴力なのではないかと思う。肯定された人間は自分が間違っていないと自信を持つ。それにより、他者の意見に耳を傾けることはなくなり、価値観の違うものを悪と見なし排除しだす。

肯定後に対象者に与える影響にまで責任を持てない肯定は暴力なのだと私は感じる。

あのゲームの影響もあり、世の中に否定は消えた。「お笑い」のツッコミという技術は否定ではない。指摘だ。指摘されることにより、考える機会が与えられる。それにより、自分が本当に正しいのか考えることができる。

人類が客観的に世界を把握し、自らの滑稽さを笑いにできていれば状況は変わっていたのかもしれない。

言葉に縛られ、自由になる為に言葉を捨て、結局は言葉を捨てたという事実に縛られ、最終的には言葉に頼り、そして近年、世界は終焉を迎えようとしている。

言葉とは何だったのか? 言葉を扱う職業である「お笑い芸人」の私は、最期までその答えを見つけることはできなかった。お笑い芸人という職業がもう絶滅していることはわかっている。しかし、人が人として形を保てなくなった現在、私は芸人としてどんな笑いを作るべきなのか考えてしまう。人を傷つけない笑いというのは一体何だったのだろう?

最後に、あのゲームに陶酔した人々にツッコミたい。

「ただのエロゲーじゃねーか!!」

この文章を読み怒る人や嫌悪感を抱く人、傷つく人など様々ながいるだろう。しかし、笑う人間がいることも確かだ。

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