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[昭和怪事ラボ004]会議室のツルが鳴かずにすむ戦略的な判断基準?

ある日、あなたの直属の上司の中堅太郎さんとの間で、あなたの会社のサービスに、とある追加機能を実装することが決まりました。1か月後、組織の報告会の中で、組織長の上辺判蔵さんのぼそっと呟いたツルの一声で、その追加機能の開発は停止され、別の機能改善の開発の優先度を上げることが決まりました。
さて、この手の階層的な発言力によって、会議室の中で物事が決まっていく、というのは、よく聞く話しでしょうか?上辺判蔵さんのご専門がフィットしている案件であれば、うまく判断できることもあるかもしれませんが、組織が大きく複雑になる程、専門でない案件も比率として増えそうです。そうなると、この階層的な発言力だけで物事が決まってしまうことの悪影響の大きさは、考えるだけで恐ろしくなってしまいますね。
こういった問題をできるだけ回避する方法の一つとしては、実施手段(HOW)については、専門がフィットした人たちが自律的に判断できるよう、権限移譲を正しく行うことが挙げられます。もう一つは、判断基準や判断できる為のデータ等(例えば、A/Bテストの結果データ:追加機能と、機能改善の仮のプレスリリースを作成して各反応を比較したテスト結果データ)に基づく判断を行うことも有用です。
昨今、データドリブンという言葉を耳にする機会が増えたかもしれませんが、背景としては、こういった階層的な発言力だけで物事を決めてしまうことの悪影響を回避し、データに基づいた判断を可能にする目的があります。
今回は、この“判断”を戦略的に行うための、1つの方法を見ていきたいと思います。

こんにちは。HCI (Human-Computer Interaction)という分野を専門に研究しているnacoです。
前回の[昭和怪事ラボ]PoC止まりの怪事編では、サービスの作り手側が人間のシステム構造を理解することによって、サービスデザインの上で出来ることについて考えました。今回の記事では、検討中のサービスがユーザーにとってどのようなサービスであるか、戦略的に順を追って、ユーザののめりこみ方のタイプと簡単なチェックポイントを用いることで、見極める方法を見ていきます。



サービスへの、のめりこみ方の4タイプ

あなたの身近にあるアプリ/サービスを4タイプに分けるとしたら、どのように分けますか?色々な分け方があると思いますが、今回の記事の中では、のめりこみ方のタイプ(エンゲージメント状態のタイプ)に注目します。この時、気を付けたいポイントは、単純なのめりこみ方の「度合」ではなく、「タイプ」を考える点です。

まず、身近な例を用いて考えていきましょう。あなたの友人のボブは、先日会社の健康診断でメタボ判定されてしまったようです。海で恰好良く水着を着る為に、絶食をするといった不健康な方法で減量しようとしています。彼を説得してみて下さい。
あなた「絶食して体重を減らしても、すぐリバウンドするよ?」
ボブ「水着を着る時にお腹がへこんでたら良いだけだし」‥【a】
あなた「トレーニングジムに通ってみたら?」
ボブ「え? ムキムキな人たちに囲まれるのとか、苦痛」‥【b】
あなた「何で絶食?」
ボブ「即効で、体重が落ちるから?」‥【c】
あなた「水着姿が恰好良いことと、体重は、あんまり関係なくない?」
ボブ「。。」
なかなか難しいですね。この後、長期計画で、自分にあった健康的で格好良い体型を手に入れる手段に取り組んでくれれば、それが、【d】ということになります。

では、1つ1つ、のめりこみ方(エンゲージメント状態)のタイプと紐づけて見ていきましょう。
誰かが自発的に何かに取り組んでいる時、その、のめりこみ方は、【c: 手段への中毒/固着】か【d: 自己による統制下での成長】かのいずれかと考えられます。そして、それ以外の状況では、クリアな状態だと思ってしまいがちですが、そんなことはなく、【a: 他のオプションを利用】や【b: 危険に対する対応】を人が行っている状況を見過ごさないように気を付ける必要があります。
【a: 他のオプションを利用】‥ボブはリバウンドしないように体型をつくるということに対しては、必要性を感じていないようです。必要性のないことを実施することは時間のムダにつながりますので、こういった状況ではあなたが薦める方法よりも「何もしない」という他のオプションが選択されがちです。このタイプでは、リスクを減じる必要があります。必要性のないことに取り組み時間をムダにしてしまう、というリスクを打ち消す為には、まずは、リバウンドしないように体型をつくることについて、ボブに興味を持ってもらう必要がありそうです。
【b: 危険に対する対応】‥ボブは自分がトレーニングジムの中で楽しんでいる姿は想像出来ないでいるようですね。過去の経験などから、トレーニングジムはボブにとって安全な場所とはいえなさそうです。物理的、心理的、社会的を問わず、危険に対して人は闘う、逃げる、固まる、おもねるといった行動をします。このタイプでは、安全を担保する必要があります。運動中の自分の姿が見られることのないオンラインレッスンなどは、ボブにとって受け入れやすいかもしれません。
【c: 手段への中毒/固着】‥【c: 手段への中毒/固着】によって、物事に取り組む事の問題の一つは、ゴールとは直接関係しない、手段が、いつのまにか目的へとすり替わってしまいがち、ということです。ボブの思い描いているゴールシーンである「海で恰好良く水着を着ている」とは、直接関係してない“体重を減らす”ことに目的がすり替わってしまうと、恰好良く水着を着こなす姿とは離れた、体重を減らすだけの努力をしてしまう可能性があります。このタイプでは、まずはクリアな状態に戻ってもらう必要があります。“中毒/固着”が進んでしまうと、中々抜け出せないので、早めに本人にゴールシーンを思い出してもらうことや、いっそ、本人がその手段をやり尽くしてモチベーションが低下したり、不満や燃え尽きを感じたりしている時に、クリアな状態へ戻るサポートを行うことも視野に入れると良いかもしれません(ボブのように絶食などといった極端な手段へ固着している場合、健康を害することにもつながり兼ねないので同時に注意も必要ですが)。
【d: 自己による統制下での成長】‥【d: 自己による統制下での成長】によって物事へ取り組む場合には、一歩一歩ゴールへ近づいていくことができます。ボブの思い描いているゴールシーンである「海で恰好良く水着を着ている」ためには、健康的な格好良い体形をつくるための運動をプランニングし、栄養のバランスの良さを保ちつつカロリーを抑えるための食事をマネージメントできるボブの姿がゴールへのマイルストーンとなるのかもしれません。運動と食事、それぞれのマイルストーンについて、この2年でやること、2か月でやること、2週間でやること、2日でやること、と計画していきます。このタイプでは、サービスがサポートするとしたら、到達ゴールとその途上にある1つ1つのマイルストーンとが紐づいていることを確認し、計画と実施とをサポートしていきます。

このように、ユーザののめりこみ方のタイプを考えてみると、このタイプによって、必要とされるサービスの形が異なっていることに気付くと思います。つまり、サービスのデザインにおいては、どのタイプのユーザに向けたサービスにするのか、戦略的に決定しておく必要があるということです。
つづいて、この戦略的に決めておくべきことの全体像を見ていきます。

サービス設計前に答えておきたい、2つの問い

サービス設計前に、戦略的に決めておきたいことが2つあります。

1つは、Why and What?(何故そのサービスか、どのようなサービスか)です。そのサービスを利用することで、ユーザはどのような行動が出来るようになるのでしょうか?“到達ゴール”やその過程にある”マイルストーン”においては、ユーザはどのようなゴールシーンの中にいるのでしょうか?
ボブの例では、“到達ゴール”としてのゴールシーンは「海で恰好良く水着を着ている」ということでしたが、その“マイルストーン”は、ボブが運動と食事のマネジメントをできる姿でした。
設計しようとするサービスが、どの範囲のマイルストーンを対象にするのかを決め、サービスの開発・運用関係者の中で共通認識を持っておく必要があります。実際にそのサービスを利用するユーザの行動の形でゴールシーンを思い描くことで、もしBtoB(企業間)のサービスであっても、サービスの開発・運用関係者の中で共通の認識を議論しやすくなります。

1つは、How?(どのような手段を用いてゴールを実現するサービスか)です。サービスを利用することによって、ユーザの行動(ゴールシーン)はどのように引き起こされるのでしょうか?また、どの のめりこみ方(エンゲージメント状態)のタイプや、場合によっては、各タイプの中の状態を対象としたサービスでしょうか?その為の最小限の必須機能、付加的な各機能の優先度は?
ボブの例では、ボブが運動と食事のマネジメントをできる姿の全体をサポートするサービスもありえるでしょうが、運動だけ、食事だけのマネジメントに特化するサービスもありえるでしょうし、エンゲージメントタイプがdの初期の状態として、運動や食事に関する知識がゼロの状況を対象とすることもできるでしょうし、エンゲージメントタイプがbでジム通いに抵抗感の強い利用者を対象とすることもできるでしょう。
対象が決まってしまえば、優先的に決めるべきことが見えてきます。例えば、ジム通いに抵抗感の強い利用者を対象にすると決めれば、通っている姿や運動している姿を他者からみられること回避する為には、どのようなサービス形態が良いだろうか、と考えていくことができます。

そのサービスへのユーザののめりこみ方は?-エンゲージメント状態を推しはかるための、4段階のチェックポイント


ここまで見てきたことによって、検討中のサービスがユーザーにとってどのようなサービスであるか、判断することができるようになりました。上図のような4段階のチェックポイントを確認することで、そのサービスがユーザのエンゲージメントをどの程度考慮出来ているかを確認することができる為、戦略的に“判断”を行う1つの方法として使用することができます。

冒頭の例を使って考えてみましょう。
組織の報告会の中で、二択(新しい追加機能と、既存の機能改善のどちらにリソースを割くか)が頭の中に思い浮かんだ、組織長の上辺判蔵さんは、単に勘に頼るのではなく、これらのチェックポイントを使って考えてみることができます。
こういった判断基準を持つことの利点は、データを採取する際に、自分たちが採取したいデータの対象ユーザの範囲を決められることにもあります。既存の機能改善というのは、既にユーザになっている人が対象ですから、Level2以上のユーザが対象です。新しい追加機能というのは、Level1を含む可能性がありますので、今回リソースを傾けるべき対象ユーザが、どのレベルにあるのかを考える必要があります。
もし、新しいユーザの獲得にリソースを傾けたいのであれば、未使用ユーザが潜在的に感じているリスクが何であるのかを知る必要があります。例えば、ユーザは少しサービスを試したいだけなのに、個人情報の入力を求められる構成になっていれば、ユーザにとっては他のオプションを選択する十分な理由になるかもしれません。
ユーザや潜在的なユーザにヒアリングをしてみると、機能の問題ではなく、ブランドに対する不信感などの問題が大きく、Level2を超えられない状態が分かるかもしれません。
もしくは、Level2を超えているが、ユーザの動機付けが、どうもサービスの意図とは異なっているということが分かるかもしれません。その場合、動機付けに関与している要素を中心に見直していく必要があります。
Level3を超えるところまでは、うまくデザインできていて、俎上にのっている二択のいずれかで迷う、というのは、かなりサービスデザイン上は良い状態といえます。そういったケースでは、冒頭の例で述べたような判断できる為のデータ等(例えば、A/Bテストの結果データ:追加機能と、機能改善の仮のプレスリリースを作成して各反応を比較したテスト結果データ)に基づく判断がより有用になってくると思います。そういったデータドリブンな取り組みにおいても、比較対となるデータが同じLevelにいるユーザグループとなるように設計すると良さそう、など、こういった判断基準を念頭におきながら、より戦略的に進めることができると思います。

この後の[昭和怪事ラボ] PoC止まりの怪事編では?

今回の記事は特に長かったですね。ここまで読まれた方、おつかれさまでした。
この記事では、サービスをデザインする側が、戦略的に判断していく助けとなるよう、検討中のサービスがユーザーにとってどのようなサービスであるか、ユーザののめりこみ方のタイプと簡単なチェックポイントを用いることで、見極める方法について見てきました。もちろん、このような戦略的な判断をサポートできるツールは他にも沢山ありますし、個々の課題に応じて、適切なツールを使用していくのが良いと思います。
私個人としましては、このシリーズ記事[昭和怪事ラボ] PoC止まりの怪事編を通じて、サービスデザインを戦略的に行えるツールを共有していくことで、ユーザーの本来の目的をサポートできるようなサービスが増えていく一助になればと思っています。

次回は、“PoC止まりの怪事編”の最終回を予定しています。デザイン原則について、皆さんと一緒に見ていけたらと思います。

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[昭和怪事ラボ001]システム中心のデザイン依存によって失われているもの?
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文責:naco
[昭和怪事ラボ]シリーズ全体では、昭和時代から連綿と正体不明のままになっている怪現象に取り組んでいきたいと思っています。“PoC止まりの怪事編”は、全5本でまとめる予定です。デザイン原則って、沢山あるので、何を中心にしようかなと、考え中です。リクエストなどあれば、ぜひお願いします~