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[昭和怪事ラボ003]ユーザの目的は実現しない、けど使い続けてもらえる不思議なサービス?

「全然話せるようにならないんだけど。。」皆さんの周りに、何年も頑張って英語アプリを使い続けているのに、こんな風な不満を抱えている方はいませんか?
日本語を母語とする話者にとって、英語は言語体系的にも違いが大きい為、獲得が困難な言語に相当します。つまり、そもそも難しいことにチャレンジしているわけですが、もし、こういったチャレンジングなタスクに「ユーザの目的は実現しない、けど使い続けてもらえる不思議なサービス」が掛け合わさってしまった場合、どんな事が起こるでしょうか?
こんにちは。HCI (Human-Computer Interaction)という分野を専門に研究しているnacoです。
ここまで、[昭和怪事ラボ]PoC止まりの怪事編では、ユーザ中心のHCIデザインについて、順を追って、全体の概要に触れてきました。今回の記事では、より、具体的なデザインツールとして、既存研究(Theory)に触れていこうと思います。サービスのデザインによっては、冒頭の例のように、「話せるようにならない(ユーザの目的は実現しない)」けど「使い続ける(サービス使用料は発生し続ける)」という不思議な状況が、実は驚く程簡単に出来上がってしまうことがあります。こういった状況を回避すべく、サービスの作り手側が、人間のシステム構造を理解することによって、サービスデザインの上で出来ることを見ていこうと思います。



あなたの目的は実現しない、けど使い続けている不思議なサービスの裏側。

あなたの目的は実現しない(例:話せるようにならない)けどサービス使用料を払い続けているサービス、どのようなものが思い浮かぶでしょうか?穿った考え方をしてしまえば、収益を優先した結果、サービスの作り手は、あえて、そのようなデザインを行っている可能性もありますね。
しかし、良かれと思って、そのようなデザインを行っている可能性もあります。3日坊主という言葉があるように、自学の習慣のないユーザにとって、自学を習慣づけるサポートは、ありがたい機能ともいえます。難しいのは、人間のシステム構造上、作り手の意図していないユーザの行動は、簡単に起こってしまうということなのです。
例えば、あなたが設計する英語アプリに、習慣化をサポートする機能として、ログインボーナスのトロフィーを与えるようなデザインを行ったとします。作り手としては、ログインを継続して、自学を頑張って欲しいと思って作った機能です。しかし、ユーザは本来の目的を忘れてトロフィーを獲得する為だけの行動をして、自学をしなくなってしまう、という事が簡単に起こります。
ふむふむ、外発的動機付けと内発的動機付けのペア構造の話かな?と思われた方は、既に、人間のシステム構造を理解した上で、サービスデザインを行っている方かもしれませんね。今回は、以下の図のような、人間のシステム構造には色々な形態がある(ペア構造、階層構造、ブロック構造)というお話を中心に行います。この記事の続きの中には、サービスの作り手として、もしくは、ユーザとして、ユーザの目的は実現しない(例:話せるようにならない)けどサービス使用料は発生し続けるサービス、という不思議なサービスを見定めるためのヒントがあるかもしれません。

理論上の人間のシステム構造

まずは、理論上の人間のシステム構造には、どのような種類があるのかをみていきましょう。

ペア構造: シーソーを思い浮かべてください。片側を持ち上げると、もう一方が下がります。例えば、夜眠い時と、昼間活動している時とで、異なるシステムが優位に立つような特性を持つものです。

階層構造: ピラミッドを想像してみてください。各レベルは基礎となるニーズが満たされることで次のレベルに進めます。例えば、生活に余裕がない状態で、アート鑑賞を楽しむ心の余裕は生まれにくいように、建物を基礎から積み上げていくように順に満たす必要のある特性を持つものです。

ブロック構造: レンガで作られた壁を思い浮かべてください。レンガは一つ一つでは脆弱ですが、組み合わせることで堅牢な壁を築くことができます。例えば、新たな電化製品の購入において、価格の妥当性や、使いやすさだけでなく、設置場所とのフィット感など、自分が求めている要素が満たされるほど、自分にとってより魅力的な選択肢となるような特性を持つものです。

また、「選択アーキテクチャ」の非合理性や非対称性についても、よく知られています。
意思決定の際、私たちは、合理的ではない選択をすることがよくあります。典型的な例として「損失回避」があります。これは、すでに持っているものを失う方が、利益を得るよりも重く感じられ、回避されがちという現象です。

これらの既存研究によって確認されてきた人のシステムに関する理論は、サービスをデザインするにあたって、今考えているサービスがどのようなユーザー体験をもたらすかを考える際、とても助けになります。
では、続いてこの3種類のシステム構造について、ユーザ体験と人のシステム構造とがどのように関連しているか、架空のキャラクタとしてアリスの体験を通じて、1つ1つ順番に見ていきたいと思います。

アリスの体験 - アプリのデザインと、人のシステム構造との関連

ここで登場するアリスは、普段、複数のアプリを使用して、英語の自学をしています。

ペア構造: 「トロフィーを獲得したい」と「英語を習得したい」との両立は難しい?
アリスが一番よく使っている言語学習アプリでは、トロフィーが沢山貰えます。毎日ログインすることで、トロフィーが獲得できる為、ログインだけは欠かさずに行うようにしています。

一見、良いユーザ体験のように思えるのですが、もし、あなたが「〇〇を獲得する為に△△する」という状態に身に覚えがあるのなら、一歩立ち止まって考えてみる必要があるかもしれません。外発的動機付けと内発的動機付けといわれる、報酬メカニズムは動機の「ペア構造」の一例です。つまり、アリスが外的動機付け(トロフィーを獲得したい)に集中してしまうと、内発的動機付け(英語を習得したい)は、後退してしまう可能性が出てきてしまいます。

サービスデザインにおいて、ユーザの習慣化を助ける為に、外発的動機付けを用いるサービスは沢山あります。気を付ける必要があるのは、ペア構造にある人のシステムという観点からみると、一方の外発的動機付けを高めると、もう一方の内発的動機付けが弱まることがあるという点です。サービスのデザインが外発的動機付けを過度に強調してしまうと、アリスの本来の目的である英語の上達が二の次になる危険があります。ユーザの本来の目的をサポートできるサービスをデザインするには、人の動機付けがペア構造であることを考慮して、内発的動機付けをサポートすることを検討すると良さそうですね。

階層構造: 「安心」は「楽しさ」よりも先に判断される?
今日、アリスは、新たな言語学習アプリを探索すべく、アプリストアを眺めています。沢山のリストの中で、まずチェックするは、ダウンロード数。ダウンロード数が少ないと、面白そうなものであっても、また今度で良いかなと選択を後回しにします。

アリスと同じような状況で、“無駄な時間と労力につながりそうだな”と、新たなアプリの使用を避けたことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。この場合の意思決定プロセスは、階層構造を示しています。開発者たちがどんなに頑張って、楽しさ満載の魅力的なサービスを開発したとしても、認識されるリスクを軽減できなければ、そのサービスはユーザに使ってもらうことができません。サービスのデザインにおいて、ユーザが使用したり使用を継続したりする可能性を高めるには、サービス選択時やサービス利用中に、ユーザがどのようなリスクを感じているのかについて考え対策をたてると良さそうですね。

ブロック構造: 現実空間の学習の良さはその環境?
アリスは、今日は、英会話クラスに参加しています。もっと勉強がんばろう!帰ったら早速アプリもやろう!、と英会話クラスのメンバに触発されて自宅へ帰った後、彼女は夕飯を食べ、何となくテレビを見てその日を終えてしまいました。

よくある状況ですよね。学習において、ユーザのおかれている環境が、やる気のブロック構造の中の重要なパーツであるということですね。言語学習アプリの開発においても、他のユーザとのつながりに関する機能を実装し、環境の与える良い影響を取り入れようとしているものもあります。サービスのデザインにおいて、サービス自体がユーザにとって欠かせないものになるには、ユーザの行動の動因のうち欠かせないブロックになっているものは何かを検討することで、良い影響を自分たちの開発しているサービスへ取り入れていくことができそうですね。

この後の[昭和怪事ラボ] PoC止まりの怪事編では?

この記事では、アリスのユーザ体験を通じて、サービスの作り手側が人間のシステム構造を理解することによって、サービスデザインの上で出来ることについて考えてきました。このシリーズ記事[昭和怪事ラボ] PoC止まりの怪事編を通じて、単に使い続けてもらえるサービスということを超えて、ユーザーの本来の目的をサポートできるようなサービスが増えていく一助になればと思っています。

次回は、ユーザーの本来の目的をサポートできるようなサービスになっているか(それとも、ユーザの目的は実現しない(例:話せるようにならない)けどサービス使用料は発生し続けるサービス、という不思議なサービスなのか)を、簡単なチェックで見極めていけるようなStrategic Decisionsについても、皆さんと一緒に見ていけたらと思います。

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文責:naco
[昭和怪事ラボ]シリーズ全体では、その他の昭和時代から連綿と正体不明のままになっている怪現象にも取り組んでいきたいと思っています。“PoC止まりの怪事編”は今のところ5本くらいにまとめようかなと考え中です。リクエストなどあれば、ぜひお願いします~