見出し画像

同居する母からのありがとうを素直に受け取れない私

父の病気をきっかけに、老人性うつ病と診断された母。
主な症状は食べられない、眠れない。それがよくなるのか、ならないのか、
全く先行きがわからない状態で2年ほど通院。
父は、そんな母を心配し、私に母の世話を託して亡くなった。

遺言ともいえる父の言葉に、私は葬儀などが落ち着いたタイミングで娘たちと一緒に母との同居を決めた。

ただ、同時期に母のうつ病は嘘のように治った。これはあくまでも私の想像だが、専業主婦である母にとって父がいなくなったら、生活していくだけの年金がもらえるのかどうかが大問題だったのだと思う。といって、自分で調べるなどしない人なので、不安ばかりが膨らんでいったのだろう。

それが、父が亡くなり、以後もらえる年金の額がはっきりし、安堵感を得たことで、あんなに食べられないと言っていたご飯を美味しいと言って食べ、薬に頼らなくとも朝までぐっすり寝られるようになったのだ。

なんだか現金な話だなという気にもなったけど、元気なら元気で、全て請け負うつもりだった家事の分担もできるし、娘たちのことも多少はお願いできると、私も打算が働き、同居を解消することはしなかった。

そんな同居生活を始めて7年目の昨年の夏。
母に癌が見つかり、手術をした。幸い癌はそれで落ち着いたのだが、手術の影響で術後感染を起こし、腎瘻を付けることになった。

母の退院後、通院日の付き添い(月に最低2回)、腎瘻のケア(テープの張替えなど)に入浴介助、食事(老人食)の用意、それまで分担していた家事を加えた家事全般など、することが一気に増えた。
それらは同居する家族として最低限するべきことだと自覚しているけれど、もともと私と母は本音の言えない親子関係だから、不満がたまりつつある現状なのだ。

物心ついたころには、すでに私は母に対して何か言うことを諦めていた。何を聞かれても反応の鈍い私に、母が勝手に決めつけることが多かったし、誰かからの問いかけにも、母が待ちきれずに代わりに返答するのが当たり前だった。

もちろん、その返答は私の思うところと違うことが多かったけれど、ただニコニコしているおとなしい○○さんちのお姉ちゃんでいる方が楽だったし、母のイライラも軽減するようだった。
だから、私は母の前では自分の気持ちを言わなくなり、そうやってもう何十年も親子関係を続けてきたのだ。

もちろん会話がないわけではない。必要なことは話すし、それに仲が悪いわけではない。ただ距離感がとてもつもなくあるのだと思う。ゆえにケンカもできないのだけれども。

そんな親子が同居し、ましてや介護までいかずとも、世話が必要な状況なのだから、自ずとストレスも溜まってくる。

母は文句を言うでもなく、時々感謝の言葉を言ってくれるけれど、私はそれを素直に受け取ることができない、これが一番の大きな問題だ。

母と同年代のお友達たちもやはり世話をされる側。それが夫であったり、子供であったり、ヘルパーさんであったりするのだけど、何かしら不満や不服があると、我が家にきて愚痴をこぼす。
そんな話に母は必ずこんなことを言うのだ。

「気に入らなくても、とりあえずありがとうって言っておけばいいのよ」

確かに、こう言っておけば角が立たない。そして、あとから誰かに愚痴って消化させればいいのだ。うまく立ち回る正論だと思う。

でも、だからこそ、実際に母の口から「ありがとう」と聞くと、その言葉の裏には何か不平不満があるのではなどと勘ぐってしまう。

加えて、こんな言葉も母がよく口にする。

「子供が親の世話をしなくてどうするのよ」

根本にはこういう考えがあるのを知っているから、私が母のために休日や自由時間を削ることを当たり前と思ってることは容易に想像がつく。だから、余計に感謝の言葉に真実味が感じられない。

そんな胸の内の違和感を、最初のころはなんとか自分で消化できていた。しかし、数か月前に仕事が新しくなり、勤務時間が長くなったせいか、とにかく体力の消費が激しい。でもやることは休みのたびに山ほどあって、身も心も疲労困憊になる。そうなると、私は母の家政婦か?!と心の中で悪態をつく頻度が激増し、ついつい不機嫌な態度をしてしまう悪循環に陥っている。

それに、母は昔から私に直接何かを頼むことをあまりしない。大抵は独り言のように、やって欲しいことをつぶやく。私はそれを聞いて、何をして欲しいのかを察し、実行する。こんな構図が出来上がっていて、何の疑問もなくやっていたのだが、これはもしかしたらいいようにコントロールされているのではないかと今更ながら気が付いた。意図的ならかなりの策士だし、無意識ならちょっと恐ろしい。

そもそもこの状況を根本的に解決するには、物理的に距離を取る、つまり、同居を解消することだと思う。たまに訪ねてきての世話なら、もう少しありがとうの言葉も素直に受け取れるかもしれない。でも、それは現実的ではないし、何よりこのタイミングでそうしたら、世間様には病後の母を見捨てた非情な娘となってしまう。○○さんちのいい子のお姉ちゃんで育ってきた私は、今更その称号を変える勇気もない、臆病者なのだ。

正直、母の本音はわからない。私が勝手に卑屈に捉えているだけなのかもしれないし、そうではないかもしれない。でも、それを確かめるような会話をしない親子だから、そのあたりは永遠に不明のままなのだろう。

ただ、私には私の人生がある。だから、あまり負の感情に囚われすぎずに、適度にストレスを解消しながら、バランスよく、子として最低限の親孝行をしていこうと思う。







































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?